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(60)デイドリーム ビリーヴァー

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(60)デイドリーム ビリーヴァー(210頁)

子供のころの事を、何故よく覚えているのか分らないけれど、僕が芸術を好きだという事がその理由の一つだろう。子供のときから映画ジャンキーで、おまけに活字中毒でたくさんの本を読んでいたから、その事が自分の経験の中から似たような出来事を拾いあげるのだろう。あえて勉強するのでなく、好きだったからだ。映画も以前はよく観た。

観た時に、自分の過去から、自分の記憶をもう一回トレースして、あらためて拾いあげる。その「拾いあげる」ときに、自分の実存が、ある共通項を掬いあげていく。過去のすべての体験の中から選びとっていく、何か美意識のような、世界観のようなものがあるのだが、それが合計されて累積されていくのだろう。

ピカソがガートルード・スタインの肖像画を描いたとき、似ていないと言われたのに対して「そのうち、彼女の方がこの絵に似てくるさ」と答えたという。実存主義者(僕は10代の後半から40代の後半まで実存主義者だった)にとっては、〈芸術は人生を模倣する〉ではなくて、その反対に〈人生は芸術を模倣する〉なのだ。画家がモデルを造形していくように、実存主義者は世界を、自分自身を、自分の人生さえも造形しようとする。

そのように、自分の過去を素材として、現在の僕が、過去を造形していくのだろうと思う。たぶん昔の同じ事件でも、若いときに思い出す話よりも、今思い出す思い出のほうが、他人が聞いていて面白いだろうと思う。それは、僕がそれだけの解釈力を身に付けたからなのだ。

現実と、夢や幻想が等価だと措定すると、人生はがぜん味わいが増して面白くなってくる。とりわけ過去の出来事は、現実と想像が縒り合わさっているのだから、伝説の方が現実よりも周りに定着するのだ。芥川竜之介の小説『薮の中』の事件の裁判が、事件のすぐ後ではなくて、遠い過去の出来事を当事者を呼んで現場の出来事を再現しようとすると、事実よりも「解釈された事実」「想像された事実」の方が現実よりもより現実になるだろう。

だから今は、長年芸術をやってきた造形力のおかげで、現実のディテールに想像を加えて、現実そのものを造形する楽しみが増えた。ひと言で言えば「作り話」「ネタ話」。

玉野の同級生などに、昔の話をすると皆に大変喜ばれる。

 子供の時に、あそこにあれがあって、あれがこうだった…」

と、しっかりとしたディテールに想像を加えたストーリーを展開すると、皆、身を乗り出して聞いている。

「それで、どうだったの?」

小説仕立てにして、是非ホームページに載せろと言われている。今までにいくつかエッセイで書いたが、僕の故郷の同級生の間では「玉野物語」のリクエストが多いんだよ。

たとえば、こういう話…。

最近の郊外型の古本屋でボナールの展覧会(1968年、国立西洋美術館)の図録があったので、買ってきたら、そこにボナール展のチケットの半券が2枚はさんであった。その1枚に、初めは気が付かなかったけれど、よく見ると裏に電話番号が書いてあった。

二枚という事は、きっと、これはカップルで行ったに違いない。それも、展覧会やクラシックのコンサートなんかに行くなんてのは、まだ付き合いの初期段階だろう。そして二枚一緒に男性がチケットを買ったのに違いない。展覧会の会期は1968年となっている。1968年ということは僕が二二歳のときで、ということは僕とほぼ同年輩だろう。それで電話番号だ。当時の学生には、電話(もちろん携帯電話もまだありません)を持っている人はほとんど無く、実家に電話の無い人も多かったので、連絡はもっぱら手紙だった。だから、この電話番号は女性の自宅のものだろう。だったら、もうこの女性は結婚して家にはいないはずだから、この番号に電話をしても当の女性は出ないだろう。それでも、電話をかけて確かめたい誘惑に駆られる。だから、随分逡巡したけれど、電話をしてみた。

「この電話番号は現在使われていません…」

使われていないから、あぁ、そうかと、一旦忘れかけていたけれど、二、三日して「あれっ…、今は東京は局番が4桁になっているのか」と気が付く。この三桁の上に三を付けて再度電話したら「ルールー…」と呼び出し音が聞こえてきた。夜の8時頃だったけれど、七回程呼び出し音が鳴ってから、ガチャっと女の人が出た。

「××でございます」

今は、迷惑電話のせいで電話に出る時に名乗る人はほとんどいない。名乗る習慣の人はある年令以上の人だ。それと、声の感じで僕と同年輩の女性だ。いきなり当の女性らしき人が電話に出て、僕は早く説明しなくてはならない。こんな電話は失礼だから。突然に当の女性らしき人の応答があると、自分の中でシュミレーションできていない局面だったからトツトツと、どもりながら話す。

「あのぉ…突然の電話で失礼ですが…ボナール展…」

突然、その女性が、

「あっ ◯◯君?」

その最初の電話は、電話した理由を説明して、早々に終って、もう電話する事もないと思っていた。しかし、彼女が「◯◯君」と言った名前に記憶があった。◯◯という姓は非常に珍しい名前だ。その珍しい名前の男性が、付き合いは無かったが高校の同級生にいた事を思い出し、さっそく、卒業アルバムで住所を調べると、柏市に隣接する市に住んでいた事が分った。という事から、電話で最初に「××でございます」の××に引っ掛かって、これも同級生の女性にいるかと思ってアルバムで調べてみたが、これはいなかった。でも女性は結婚で姓が変わる。××は同級生にいた。おまけに××君が結婚したのは同級生の女性の△△さんだ。もし、電話した相手が△△さんだとしたら、なぜ実家で独り(電話の様子からの想像)暮らしなのだろう。そして、何故旧姓を名乗らないのだろう。

それで、二度目の電話をする。

・・・・・

というふうに、僕がストーリーを考えるわけ。ボナ-ル展の図録に挟んであった二枚のチケットの半券までは、実際にあった事なのだ。その入場券を見なが「これにもし、電話番号が書いてあったら…」と考えると、こんな話ができる。それにまだまだ話は続いていく。この先、どういう筋書きにしたら面白いだろうか。

こんなふうに、日常のディテールから想像を駆使すると、人生に退屈することなんかないよ。それには感受性を磨かないと…。だから芸術が必要なんだ。

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