岡野岬石の資料蔵

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画中日記

画中日記(2023年)

投稿日:2023-01-06 更新日:

画中日記(2023年)

 

『画中日記』2023.01.01【新年に】

 新しい年を迎えた。パソコンに向かっている。時間は8時10分、朝の光が眼に入ってくる。眩しいが、幸せな気分だ。

今年の干支は卯で、私は今年の3月で77歳(この前還暦を越えたと思ったらもう喜寿か!)になる。ここ数年、世界は、相転移が起こっている。世界の相転移を正しく認識し、正しく行動すれば、日本人は何も心配することはないのだ。自分に与えられた仕事をキッチリとこなしていけば、どの分野でも、フェイクや、暴力や、隠し金でなりったっている国に負けることはないのだ。

年たけて

また越ゆべしと思ひきや

命なりけり

小夜(さや)の中山(西行)

以下の文章は、過去4年間の新年の画中日記の文章をペーストしたものですが、今年も同じ気持ちで過ごしたいと思います。

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今日のこの時を迎えられるのは、実存の煩悩に振り廻され、迷い道に何度も入り込んでも、美への信仰心の強さとベクトル(進む方向)が正しかったという証拠だろう。

仏教用語に八正道という修行の実践の徳目がある。正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定(しょうじょう)の8つ、すべて正という字が頭に付いている。行き先も方向も決めないで、ブラブラ歩いても、せいぜい自分の身の周りをぐるぐる廻るだけでどこにも行き着けない。地図や海図と、磁石や羅針盤無しに、なんとかなるだろうとガムシャラに進んでも道に迷う。

世界は、「正」という文字を頭に付けると全ての物事がキッチリと見えてくる。それは、正しいのか間違っているのか、だ。行き先は正しいのか間違っているのか、持っている地図は正しいのか、持っていく物は正しいのか(余計な持ち物は反って邪魔になる)。

この先、日本はますます世界中から尊敬される国になるだろう。どうしてかというと、仏教的『全元論』の世界観を、仏教の伝来する以前から持ち続け、その世界観を国民一人一人が持ち、生きていて、間違いを国民全体で正して現成している、昔から現成していた、奇蹟のような国だから。日本人の世界観が、世界の存在の法(ダルマ)を、身の内に持って生きているから、つまり、地図と、磁石が正しいから。そして、その地図を正しくよめるから(地図をよむには自分の居る位置を特定しなければならないし、ホワイトアウトやブラックアウトの状況もある)。

新年から明るいね、今年も頑張るぞ。

『画中日記』2023.01.01【正月のお酒】

今朝の、お雑煮のお屠蘇は、燗をするので、スーパーで買ったパックの、キクマサのピンで飲んだ。夕食は、暮れの到来物の、「松美酉』のしぼりたてをオンザロックで。しぼりたての日本酒は、出荷前に火入れして、発酵を止めていないので、毎回、栓を開ける時に、ポンと音がして、フルーティーな香りがする。その分、発酵が進むので、味が変わっていくだろうが、すぐに飲んでしまうので心配御無用。この後は、『極聖(ごくひじり)』があるので、今年の新春は贅沢だ。

以上の文章は、去年の正月の文章と全く同じ。今日はこの後、このアトリエを建てた時に、アトリエ開きの祝詞を上げていただいた、近所の神社に自転車で、お屠蘇を飲んだ後なので気をつけて、数年ぶりの初詣をしようとおもう。

『画中日記』2023.01.01【初詣に】

先ほど初詣に近くの廣幡八幡宮に行き帰ってきた。裏道から自転車で行き、自転車を置いて正面に回ったら、参拝客が鳥居の外の道路の先まで並んで待っている。老人が、長い時間並んで、一人参拝するのを早々に諦めて、遠くから、手を合わせておみくじを引いて、アトリエに帰った。お正月におみくじを引くのは子供の時から好きで、日本人の占いの民度と教養の高さを感じる。

運勢は中吉。和歌は

ながむれば ながむる花の あるものを 空(むな)しき枝に うぐいすのなく

(意)古きをすててあたらしきにつくがよい あまり一つの物にとらわれて役にも立たぬことを思ってはだめです 元気を出して捨てるべきはすて進む所へ進め

『画中日記』2023.01.11【室蘭の】

昨年9月より、室蘭外海岸のイーゼル画(現場写生)と、アトリエでの完成、現場ではイーゼルを立てられなかったアトリエ画での作品に専念してきたが、今日、『蓬莱門朝陽(縦)(F40号)』を完成した。これで、室蘭外海岸をモチーフにした作品は、一応の終わりにする。

2月の個展は、展覧する作品が揃い、我孫子の赤帽に搬入、搬出の運送を電話して、準備はほぼ終わった。

明日からは、抽象印象主義の作品を描こうと思う。昨年は、6月の伊豆大島、9月の室蘭とイーゼル画を集中して描いてきて、かなり煮詰まっていたので、明日からのアトリエ画の制作に向かうのが楽しみである。

蓬莱門朝陽(横)/F40号/油彩/2023年年

蓬莱門朝陽(縦)/F40号/油彩/2023年年

『画中日記』2023.01.14【実存主義の誤謬】

世界大戦終戦後に生まれ、育って青年時代を過ごしてきた私にとって、その時代を(美術界も)支配していた勢力の嘘と偽善と邪悪な欲望(金銭欲、性欲、権力欲、名誉欲等の自利的欲望)に満ちた暗部が、今次々とネットであばかれている。真善美という超越(人間存在を超えているもの)を身の内に持たない人は、人生の意味は自分の欲望を満たし、拡大していくことが自分の人生の目的になるので、真理がないので、欲望のためなら嘘は平気でつけるし、恥という概念そのものがもともとないので、ハニートラップもマネートラップも曝されても恥ずかしさをしらない。真理や善と同じく、〈美〉は超越であるということの気付きが、今の私の芸術に生きるベクトルです。芸術を目指してきたからこそ、美という羅針盤があったからこそ、人生の迷い道に落ち込まなかったのだろう。

『画中日記』2023.01.15【2009年の画中日記】

今、フェイスブックに、過去の画中日記として2009年の画中日記を連載アップしている。今日の分をアップした後、その後のテキストを読み進めていたら、止まらなくなってしまった。2010年の5月に、東伊豆の片瀬白田に家を借りてイーゼル画を始めるのだが、その前の年の、抽象印象主義の時代の、実人生の周りの時代状況に対する対応、反応、ポリシー等が思い出され、正しい選択で正しい道を進んでいることが分かる。後に、イーゼル画や道元や釈尊に出遭うのだから。

現在からみれば、過去の出来事は運命で必然的で一本の道だが、その時点では未来の選択肢は無数にあって、その一本の道を選ぶのだから、デタラメや、偶然や、フェイクでは迷い道に落ち込んでしまう。実戦での、軍隊の司令官の判断と同じで、部下の人命と国家の命運がかかっているのだから。

『画中日記』2023.01.31【個展のDMを発送】

昨日、2月21日から始まる個展のDMを発送した。別納郵便で550枚、84円の切手代で46200円、以前は集荷してくれていたのだが、今は窓口まで持って行く。550枚のうち一割の人が来てくれればよくて、ほとんどが無駄なのだが、それでも個展のたびに発送する。個展の名簿は、私の半世紀の個展のたびに、少しづつ芳名録の署名で増えてきた財産なのである。

私の最初の展覧会は、藝大4年生の時の同級生との2人展で、その時は、DMを自分で作り

何百枚か近くの印刷屋で刷ったが、出来上がりには満足したが、いざ発送するダンになって、送るべき人がいないし、送るべき人の情報もない。それでも、情報を集め、友人たちの助けを借りて、全てばら撒いたが、その時に自分が持っている情報の価値を知り、そして、少しづつリストの名前が増えてきて、昨日は550枚。次の個展では何人リストが増えるだろうか。

『画中日記』2023.02.18【ポスターを作る】

今日は、2月21日から始まる個展のポスターを作った。A2の大きさなので、私のプリンターのA4の大きさで部分部分をプリントし切り貼りで作る。紙の接着には、ベストはペーパーセメダインなのだが、手元にないのでヤマトノリで貼った。個展までにしなければならないことは、あとはキャプションのラベルを作ることで、これは明日やろうとおもう。こんな時でも、絵が描きたいのだが、しかたがない。来週は個展で、いつも一人で絵を描いているので、会場で絵の話を心置きなく話せる機会は、楽しみである。

『画中日記』2023.02.19【キャプションのラベルを作る】

今日は、2月21日から始まる個展の作品のキャプションのラベルをパソコンで作った。以前と違って、パソコンを使い慣れているので、問題なくスムースに終えた。今は、こんな簡単なことも昔は大変なことで、作業の前は憂鬱だった。今は、スマホ(私はまだ持っていない)と同じで、誰でも使いこなせるように、バックアップの体制が用意されている。

北海道で、生まれて初めて、手稲オリンピアでスキーに行ったとき、まず教えて貰ったのは、転んだ時の復活の仕方で、もとの状態に復活できれば、また再挑戦すればいいのだし、失敗も怖くはない。そんなことも、パソコンでいやというほど味わった。今は、毎日無くてはいられない。昔は、絵を描く以外のことは、すべて他者に頼らなくては私という存在を認知してもらう道が無かったのだから。今は、自分で、自分がやれば、そして自分でやれるツールとスキルがあれば、他者に負担はかけないし文句は言わせない。ああ、いい時代になったなぁ。

『画中日記』2023.02.21【今日から個展】

今日は、11時から、画廊の飾り付け、そして13時から展示オープンだ。絵は描く時が一番楽しいが、人に描いた絵を観てもらい、自分の絵画空間にシンクロしてもらうことも大きな喜びだ。だから、何度個展をしても、喜寿間近な年齢になっても、個展は嬉しい。まして、普段はアトリエにこもって、人と話すことはないのに、画廊では、絵の話を存分に語れるのだから、たまらないよ。どうぞ、ご高覧ください。私に初めての人は、署名簿にご署名ください。今後の私が出品する展覧会のDMを差し出します。

https://www.youtube.com/watch?v=NJ1CiI5OJXs

『画中日記』2023.02.22【今日は個展2日目】

昨日は個展の飾り付けと、その後の展示オープンも途切れなくの来廊者で慌ただしく、一日中しゃべりツメで、嬉しくてハイテンションの一日だった。

飾り付けは、作品を多めに持って行ったのだが、全点展示できた。住谷氏夫妻と今年からのイーゼル画会のニューカマーの米満泰彦氏が助っ人に来てくれたおかげで、感謝いたします。展示の様子はあらためて写真と動画で記録して、フェイスブックにアップします。

とにかく、幸先のよい一日で、これが、日曜日まで続くと思うと、幸せな晩年の老画家で、高校生の時に、画家を志した時の覚悟と、その時イメージしていた画家としての自分の人生とは真逆の状況だ。画家になってよかった。

『画中日記』2023.02.24【昨日の来廊者】

昨日、個展に訪廊してくれた玉野の同級生。

 

こういう小さな広報も、どんな縁のつながりに広がっていくのか、歴戦の老画家は過去に何度も経験している。画廊の河村さんの日頃の努力の成果だろう。

『画中日記』2023.02.27【個展が終わる】

昨日、個展が終わった。1週間会場に通ったが、連日、しゃべり通した。今日から、通常のルーティーンの絵画制作の空間に戻る。今日は、搬出の絵がアトリエに帰り、それを整理、収納する。1983年に、建てた当時はガラガラだったアトリエの地下の倉庫は作品で満杯になり、今は、徐々にアトリエの内部にまで侵出してきているので、整理整頓が、やや気が重い。

その後、『岡野岬石元麻布ギャラリー個展予告』の動画を削除して、新たに、個展の動画を作り直してフェイスブックにアップする予定。

明日は日帰り温泉に行って、明後日から絵画制作に戻る。一週間ぶりに絵筆をにぎるので、楽しみであり、嬉しい。

こうやって、時は過ぎて行く。後期高齢者で独居の絶滅危惧種『画幸老人』だなぁ。

『画中日記』2023.03.01【次の展覧会】

次の個展の印刷物のゲラ刷りが送られてきた。今日は、この後これをチェックする。今回の島根県今井美術館の展覧会は、2016年に展示したT•Sコレクション『岡野岬石(浩二)展』にその後のコレクションを加えた展示です。

T•Sの繁野隆氏は、1994年の新潟の画廊での個展からの付き合いで、それ以降30年間継続して買って貰っている。私の絵の内容と値段の変化と、コレクターの経済力の変化と、間に立つ画商の変化とで、こんなに長く多くの作品のコレクションを続け、今も続いている人はめずらしく、画家にとってありがたい。私と繁野氏と、浜田市でみゆき洋画材料店で今井美術館の関係者である田邊勝大氏の力で2016年の展覧会が実現し、さらに7年ぶりに2回目の展覧会が実現します。

今回の展覧会も、繁野氏と田邊氏がやってくれるので、私は、ギャラリートークに一度出かける程度で何もすることはない。

(ギャラリートークはやらないらしい。美術館には行かなくてもいいが、展覧会の動画をアップしたいので、一度は行ってみようと思う。そのついでに、玉の町の動画を撮って、どちらもアップしようおもう。その前に、ゴープロを買っておかなくては)

『画中日記』2023.03.03【旧作『薔薇』を加筆】

平塚での個展が終わり、今井美術館のキャプションの校正が終わり、後は、平塚の個展の芳名録を、住所録のフォルダーの〈個展DM〉に書き入れるだけ。これは、空いた時間にやることにする。今日は、個展で中断していた抽象画の、光と空間に色を対比して使う作品に取り掛かろうと思っていた。

先日、喜寿のお祝いに、バラの花が送られてきたので、そして、そのバラの花のピンクが美しいので、それをモチーフに小品の描きたいと思ったが、適当なガラスの花瓶を、すべて処分したので、描くのは諦めていた。でも、今日、旧作のバラの花の絵を思い出し、その絵を、今回のバラの花に描き変えて先ほど完成した。加筆する時に、旧作から今にいたる、描画のスキルの積み重ねに、「上手くなったなぁ」と独り悦に入る。

『画中日記』2023.03.06【岩田晋氏へのメール】

田島との、電話データを、先日の平塚での私の個展に来廊してくれた、私の芸大の同級生だった岩田甲平氏のご子息、岩田晋氏に全て送った後のメール。

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2010年10月18日から2011年4月11日までの大量の電話データです。私は、2010年5月に東伊豆に借家借りて仮アトリエして、柏と行き来をして、イーゼル画(現場での直接描画)を始め、田島と長電話は、電話を光通信にした時からしていたのですが、ICレコーダーで録音することを思いつき、録音しておいたものです。最後は、私と田島の絵に対する方法論の違いから、交流が途絶えましたが、この録音は、いまだに繰り返し聞いていて、私の貴重なデータです。今は、よくぞ私の長電話に、付き合って聞いてくれたものだと、感謝しています。私中心の電話なので、田島を尊敬している貴方には、聞きにくい話が多々ありますが、そして、貴方のお父さんの名前も時々出てきますが、田島も岩田も亡くなった今は、そんなこともあったのかと、聞き流してください。ある意味、膨大なデータですが、岩田の息子である貴方が聞いてくれれば、田島にとって(私にとっても)望外の幸ですし、いい供養になるでしょう。岡野

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