岡野岬石の資料蔵

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(6)教わる

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(6)教わる(30頁)

今まで絵を学ぶうえで何が一番ためになったか、教わることができたかというと、一緒に描いてくれるのが一番いい。何も教わらなくても、言っていただかなくても結構。たとえば、シャープでキリっとした作品は、タッチがすっと残っている。そういう作品は、本当はどのくらいのスピードで描いているのかとか…。そういう事は、ただ見るほうが、よほどためになる。自分の絵についてどうこう言われるより、自分の興味ある画家が、描いているところを直接見るほうがいいのだ。

過去を思い返して、ためになったことの一つは、大学2年生の冬休みの前、今はやってないようだが、当時美術家連盟が、銀座の松坂屋で美術家連盟の運営費を賄うために、連盟の絵描きの人たちが絵を寄付して、それを美術家同士の助け合いという名目で安く売るわけ。その展覧会の仕事の募集が大学にあって、二年生と三年生の二年、そこでアルバイトをした。絵を展示している会場の中央に、絵描きが並んで、絵皿を描いたり、色紙を描いたりするコーナーがありました。そこの手伝いをしたり、絵を画家の家まで貰いに行ったり、会場で売ったりする仕事で、その時、いろんな絵描き達がそのコーナーで色紙を描いて売るわけ。(この時の、有名無名の多くの絵描き達の行動を後ろから見られたことは、これはこれで一冊の本が書ける位、社会勉強になった)

その会場に、ある時、山口薫が来た。山口薫は芸大の三、四年の教授で、二年生の僕には直接の先生ではなかったけれど、その山口薫が、墨で色紙を、筆を立てて叩くように描き始めたのを、僕はじっと見ていた。「ああ、あのように一回汚しておいて、それからなんか描くんだな…」と思って、じっと見ていた。すると「はい」といって、終わりましたと色紙の裏に、題名の「愛犬クマ」と書いた。

見ていて、びっくりしてしまった。まだ、地を作っておいてこれから描くのだろう、そういう目でじっと見ていると「できた!」と言うので「えっ? あれっ? 出来たの?」と思ってよく見ると「愛犬クマ」と書いてある色紙は、愛犬クマの絵が出来ている。

絵は、やっている内になんとなく出来るというものではない。一本の線でさえも、これでいいのか、直すのか、完成までの間じゅう小さな決断の連続だ。大学に入学するまでは、それはみんな共通で単純だ。スケール(尺度、物指し)は外界にあるのだから、見えた通り(注)に再現すればいいのだから、間違えればもう一度よく見て正確に描写し直せばよい。その次のステップが問題だ。自然主義リアリズムから次の段階に進む場合に、何を決定のスケールにするのか。

僕が山口薫の色紙の進行のベクトルを予想した目と、絵を描いている山口薫本人の目、それが大きく違ったから僕は驚いた。まだまだほんの序の口で、これからしっかり描くんだろうと思っていた。ところが、山口薫は全然違った。平面全体を、どう見るかという、目が違うのだ。つまり手の違いではないんだ。「ああ、そうか」とその時思った。それを見て、ある重要な何かを教わったわけだ。

(注;この「見えた通り」というのが、簡単なことではない大問題だということを、64歳から始めたイーゼル絵画、モチーフの直接描画によって再確認する)

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