岡野岬石の資料蔵

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(44)実存的時空(自転車とぶつかったこと)

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(44)実存的時空(自転車とぶつかったこと)(166頁)

僕が小学校の低学年か、幼稚園の頃の出来事。車などは少なくて、当時は造船所の通勤に皆自転車を使っていた。自転車は貴重で、日曜日になると今の自家用車のように、社宅の各家の前で、大人達が自転車を磨いていた。「ノーリツ」とか「ヤマグチ」とかが僕の記憶にあるメーカーで、「ノーリツ」の自転車はサドルの後ろに三角形の小さな小物入れが付いていて、そこに油やボロ布などを入れていたのがなんともいじましい。最新式のバンドブレーキの自転車が出てきて、自転車掃除の時にその家の子供が、バンドブレーキに油をさすとブレーキが効かなくなるのを知らずについ油をさして、それを買って自慢していた大人がカンカンになって怒っていたことも思い出す。玉の町の唯一の商店街を通るメインストリートも一車線しかなく、それでもそこをバスが走っていて、めったにない対向車に出会うと、若い女性の車掌が降りて笛でバックの誘導をするのだった。

玉のメインストリートだったその道の「村上のマメヤ」(お菓子屋)の前で、ある時、僕は自転車にぶつかった。自転車に突き倒されて、まだ小さいので「わぁーん!」と泣き出す。そこで、ぶつかった自転車の若い男性は、僕を心配して「大丈夫?」と聞いた。聞かれても、どう答えていいか分らないので、そのまま要領を得ないでいたら「うちは何処だ?」と聞かれ、男性が自転車を降りて、僕を家まで送って行くと言う。近くだったし、「こっち…」と言って、二人で家に向かった。着くと、母親が出てきて「ドシタン(どうしたの)」と言う。それで、これまでの事情を男性が説明した。言葉遣いは岡山弁ではなく標準語だった。

そうしたら、母が「いや、大丈夫です。大丈夫です」と言うのだ。何が大丈夫なんだ、僕に聞きもせずに…。幼いながら、母のその反応に驚いた。

「ナンジャァ、コリャァ(何だよ、これは)」というか、母のそういう応対は初めて見るものだった。子供から見たら、母は母親であって欲しい。その相手が、インテリの若くていい男だったのだろう。お年寄りや、近所のアンチャンだったら、もうちょっと違ったかもしれない。ともかくその男性は、子供とぶつかって、そのままサッサと行ってよかったものを、わざわざこうやって謝りに来てくれたから、母親は恐縮してわけだけれど、その恐縮の仕方が、僕にとっては何か初めて見る母親の態度だった。

「一回くらい、子供に聞けよ」と思った。怪我をしているかもしれないんだよ。それなのに「大丈夫です。大丈夫です」とはなんだよ。ちょっと意外な母親のそういう面を見るという事は、子供にとっては、ある意味ショックだった。当時は、何かおかしいなと漠然と思ったわけで、解釈は大きくなってから考えたわけだ。

あとから解釈するのだけれど、僕はそういう子供の時の不思議と思う内容を、たくさん憶えている。そのときは、何か変だとか、不思議だとか、「何だ?…えーっ!何だよ、これ?」という不可解さなのだけれど。そういう思い出が、いくつもある。

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