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読書ノート

『正法眼蔵随聞記』懐奘編 和辻哲郎校訂 岩波文庫

投稿日:2020-05-29 更新日:

『正法眼蔵随聞記』懐奘編 和辻哲郎校訂 岩波文庫

 正法眼蔵随聞記第一

■一日示して云く、人其家に生れ其道に入らば、先づ其家業を修すべしと、知(しる)べきなり。我道にあらず己(おの)が分(ぶん)にあらざらんことを知り修するは即ち非なり。今も出家人として便(すなは)ち仏家(ぶっけ)に入り僧侶とならば須(すべから)く其業を習ふべし。其業を習ひ其儀を守ると云(いふ)は、我執をすてゝ知識の教に随ふなり。吾我(ごが)を離るゝには、無常を観ずる是れ第一の用心なり。世人多く、我はもとより、人にもよしと云はれ思はれんと思ふなり。然(しか)あれども能(よく)も云はれ思はれざるなり。次第に我執を捨て知識の言(ことば)に随ひゆけば、精進するなり。理をば心得たるように云(いひ)て、さはさにあれども我は其事を捨てえぬと云て、執(いふ)し好み修(しふ)するは、弥(いよい)よ沈淪(ちんりん)するなり。禅僧の能(よ)くなる第一の用心は、只菅打坐(しくわんたざ)すべきなり。利鈍賢愚を論ぜず、坐禅すれば自然(じねん)によくなるなり。(20頁)

■夜話に云く、悪口(あくく)を以て僧を呵嘖(かしやく)し毀呰(きし)すること莫れ。設(たと)ひ悪人不当なりとも左右(そう)なむ悪(に)くみ毀(そし)ることなかれ。先ずいかにわるしと云(いふ)とも、四人巳上集会(しふえ)しぬればこれ僧体にて国の重宝(ぢゆうはう)なり。最も帰敬(ききやう)すべきものなり。若(もしく)は師匠知識にてもあれ、弟子不当ならば慈悲心老婆心にて教訓誘引すべし。其時設(たと)ひ打(うつ)べきを打ち、呵嘖すべきを呵嘖すとも、毀訾謗言(きしぼうごん)の心を発(おこ)すべからず。先師(せんじ)天童浄和尚住持(ぢゆうぢ)のとき、僧堂にて衆僧(しゆそう)坐禅の時、眠りを誡(いま)しむるに、履(くつ)を以て打ち謗言呵嘖(ぼうごんかしやく)せしかども、衆僧(しゆそう)皆打たるゝを喜び讃歎(さんだん)しき。有時(あるとき)亦上堂の次(つい)でに云く、我れ既に老後、今は衆(しゆ)を辞し菴に住して老を扶けて居るべけれども、衆(しゆ)の知識として各(おのおの)の迷(まよひ)を破り道(どう)を授けんがために住持人(ぢゆうぢにん)たり。是に依(より)て或は呵嘖(かしやく)の詞(こと)ばを出(いだ)し、竹箆(しつぺい)打擲(ちやうちやく)等のことを行ず。是頗る怖れあり。然あれども、仏に代(かはつ)て化儀(けぎ)を揚(あぐ)る式なり。諸兄弟(しよひんでい)慈悲を以て是を許し給(たま)へと言(いへ)ば、衆僧皆流涕(るでい)しき。此(かく)の如きの心を以てこそ衆(しゆ)をも接し化をも宣(のぶ)べけれ。住持長老なればとて、乱(みだり)に衆を領じ我が物に思ふて呵嘖(かしやく)するは非なり。況や其人にあらずして人の短処を云ひ他の非を謗るは非なり。能能(よくよく)用心すべきなり。他の非を見て悪(あ)しゝと思ふて慈悲を以て化せんと思はゞ、腹立(はらたつ)まじきやうに方便して、傍(かたは)ら事(ごと)を云ふようにてこしらふべきなり。(24~25頁)

 正法眼蔵随聞記第二

■故公胤(こういん)僧正の云く、道心と云ふは一念三千の法門なんどを胸に学し入れてもちたるを道心と云ふなり。なにと無く笠を頸に懸けて迷ひありくをば天狗魔縁の行と云ふなり。(48頁)

■夜話に云く、今此国の人は、多分、或ひは行儀につけ、或ひは言語(ごんご)につけ、善悪(ぜんなく)是非世人の見聞識知を思ふて、其の事をなさば人悪しく思ひてん、其の事は人善しと思ひてんと、乃至向後(きやうこう)までをも執(しふ)するなり。是れ全く非なり。世間の人必ずしも善とすることあたはず。人はいかにも思はゞ思へ、狂人とも云へ、我が心に仏道に順じたらんことをばなし、仏法(ぶつぽふ)に順ぜずんば行(ぎやう)ぜずして、一期をも過ごさば、世間の人はいかに思ふとも苦るしかるべからず。遁世と云(いふ)は世人の情を心にかけざるなり。たゞ仏祖の行履菩薩の慈悲を学して、諸天善神の冥(ひそか)に照す所を慚愧(ざんぎ)して、仏制(ぶつせい)に任(まか)せて行(ぎやう)じもてゆかば、一切苦るしかるまじきなり。さればとて亦人の悪しゝと思ひ云(いは)んも苦るしかるべからずとて、放逸にして悪事を行じて人を愧(はぢ)ざるは、是れ亦非なり。たゞ人目にはよらずして一向に仏法に依りて行ずべきなり。仏法の中には亦然(しか)のごとき放逸無慚をば制するなり。(56~57頁)

■一日学人(がくにん)問て云く、某甲(それがし)なを学道を心にかけて年月を経(ふ)るといへども、いまだ省悟の分あらず。古人多く聡明霊利に依らず、有智明敏を用ひずと云ふ。然(しか)あれば我が身、下根劣器なればとて卑下すべきにもあらずときこへたり。若し故実用心(注;コゝロモチ)を存ずべき様ありや、如何ん。

 示して云く、然(しか)あり。有智(うち)高才を用ひず、聡明霊利によらぬは、まことの学道なり。あやまりて盲聾痴人(まうろうちにん)のごとくなれとすゝむるは非なり。学道は是れ全く多聞高才を用ひぬ故へに、下根劣器と嫌ふべからず。誠の学道はやすかるべきなり。然(しか)あれども大宋国の叢林(そうりん)にも、一師の会下(えか)の数百千人の中に、まことの得道得法の人はわずかに一人二人なり。然(しか)あれば故実用心もあるべきなり。今ま是を案ずるに志の至(いたる)と至らざるとなり。真実の志しを発(おこ)して随分に参学する人、得ずと云ふことなきなり。その用心の様は、何事を専(もっぱら)らにしその行(ぎょう)を急(すみやか)にすべしと云(いふ)ことは、次のことなり。先ず只欣求(ごんぐ)の志しの切なるべきなり。譬(たと)へば重き宝をぬすまんと思ひ、強き敵をうたんと思ひ、高き色にあはんと思ふ心あらん人は、行住坐臥(ぎようぢゆうざぐあ)、ことにふれおりに随(したがつ)て、種種の事はかはり来るとも其れに随て、隙(すきま)を求め心に懸くるなり。この心あながち切なるもの、とげずと云ふことなきなり。此(かく)の如く道(どう)を求(もとむ)る志し切になりなば、或は只菅打坐(しくわんたざ)の時、或は古人の公案に向はん時、若(もしく)は知識に逢はん時、実(まこと)の志しを以て行ずる時、高くとも射つべく深くとも釣りぬべし。是れほどの心ろ発(おこ)らずして、仏道の一念に生死(しょうじ)の輪廻をきる大事をば如何んが成(じやう)ぜん。若し此の心あらん人は、下智劣根をも云はず、愚痴悪人をも論ぜず、必ず悟りを得べきなり。亦此の志しをおこす事は切に世間の無常を思ふべきなり。此の事は亦只仮令(けりやう)の観法(くわんぽふ)なんどにすべきことにあらず。亦無きことをつくりて思ふべきことにもあらず。真実に眼前の道理なり。人のおしへ、聖教(しょうげう)の文(もん)、証道の理を待つべからず。朝(あした)に生じて夕ふべに死し、昨日(きのふ)みし人今日(けふ)はなきこと、眼に遮り耳にちかし。是は他のうへにて見聞することなり。我が身にひきあてゝ道理を思ふに、たとひ七旬八旬に命を期(ご)すべくとも、終(つひ)に死ぬべき道理に依(よつ)て死す。其の間の憂へ楽しみ、恩愛(おんない)怨敵(をんてき)等を思ひとげばいかにでもすごしてん。只仏道を信じて涅槃の真楽を求むべし。況や年(とし)長大せる人、半ばに過ぬる人は、余年幾く計(ばか)りなれば学道ゆるくすべきや。此の道理も猶(なほ)のびたる事なり。真実には、今日今時こそかくのごとく世間の事をも仏道の事をも思へ、今夜明日よりいかなる重病をも受て、東西をも弁へぬ重苦の身となり、亦いかなる鬼神の怨害(をんがい)をもうけて頓死をもし、いかなる賊難にもあひ怨敵も出来て殺害(せつがい)奪命(だつみやう)せらるゝこともやあらんずらん。実(まこと)に不定(ふぢやう)なり。然(しか)あれば是れほどにあだなる世に、極て不定なるなる死期(しご)をいつまで命ちながらゆべきとて、種種の活計を案じ、剰(あまつ)さへ他人のために悪をたくみ思て、いたづらに時光を過すこと、極めておろかなる事なり。此の道理真実なればこそ、仏も是れを衆生の為に説きたまひ、祖師の普説法語にも此の道理のみを説(とか)る。今の上堂請益(じやうだうしんえき)等にも、無常迅速生死事大と云ふなり。返返(かえすがえす)も此の道理を心にわすれずして、只今日今時ばかりと思ふて時光を牛なはず、学道に心をいるべきなり。其の後は真実にやすきなり。性(しょう)の上下と根(こん)の利鈍は全く論ずべからざるなり。(57~60頁)

■夜話(やわ)に云く、古人の云く、朝(あした)に道を聞いて夕べに死すとも可なりと。いま学道の人も此の心あるべきなり。曠劫多生(くわうごふたしやう)の間(あいだ)に、いくたびか徒らに生じ徒らに死せしに、まれに人身(にんじん)を受けてやまたま仏法にあへる時此の身を度せずんば、何れの生にか此の身を度せん。縦(たと)ひ身を惜みたもちたりともかなふべからず。ついに捨てゝ行く命ちを一日片時鳴りとも仏法のために捨てたらんは、永劫(やうこふ)の楽因なるべし。後のこと明日の活計を思ふて棄つべき世を捨てず、行ずべき道を行ぜずして、徒らに日夜を過すは、口惜きことなり。只思ひきりて、明日の活計なくば飢え死にもせよ、寒(こ)ごへ死にもせよ、今日(こんにち)一日道(どう)を聞て仏意(ぶつち)に随(したがつ)て死せんと思ふ心を、まづ発(おこ)すべきなり。然るときんば道(どう)を行じ得んこと一定(いちぢやう)なり。此の心なければ、世をそむき道を学する様なれども、猶(なほ)しり足をふみて夏冬の衣服(えぶく)等のことをした心(ごころ)にかけて、明日(みょうにち)猶明年の活計を思ふて仏法を学せんは、万劫(まんごふ)千生(せんしやう)学すともかなふべしともおぼへず。亦さる人もやあらんずらん、存知の意趣、仏祖の教へにはあるべしともおぼえざるなり。(61~62頁)

■夜話に云く、学人(がくにん)は必ずしぬべきことを思ふべき道理は勿論なり。たとひ其のことばを思はずとも、暫く先づ光陰を徒らに過さじと思ひて、無用のことをなして徒らに時を過さず、詮(せん)あることをなして時を過すべきなり。其のなすべきことの中にも、亦一切のこといづれか大切なると云ふに、仏祖の行履(あんり)の外はにな無用なりと知るべし。(62頁)

■夜話の次(ついで)に、奘(じやう)問て云く、父母(ぶも)の報恩等の事は作すべきや。

 示して云く、孝順は最用(さいよう)なる所なり。然(しか)あれども其孝順に在家出家の別あり。在家は孝経(かうきやう)等の説を守(まもり)て生(しやう)につかへ死につかふること、世人みな知れり。出家は恩をすてゝ無為に入る故に、出家の作法は恩を報ずるに一人(いちにん)にかぎらず、一切衆生をひとしく父母(ぶも)のごとく恩深しと思ふて、なす処の善根に法界(ほつかい)にめぐらす。別して今生一世の父母(ぶも)にかぎらば無為の道(どう)にそむかん。日日の行道、時時の参学、只仏道に随順しもてゆかば、其れを真実の孝道とするなり。忌日(きにち)の追善中陰の作善なんどは皆在家に用ふる所ろなり。衲子(のっす)は父母(ぶも)の恩の深きことをば実の如くしるべし。余の一切も亦かくの如くしるべし。別して一日を占(うらなひ)てことに善を修(しゆ)し、別して一人(いちにん)を分(わかち)て廻向(えかう)するは、仏意(ぶつち)にあらざるか。戒経の父母兄弟死亡之日の文(もん)は、旦(しばら)く在家に蒙むらしむるか。大宋叢林の衆僧、師匠の忌日(きにち)には其儀式あれども、父母(ぶも)の忌日(きにち)には是を修(しゆ)したりとも見ヘざるなり。(62~63頁)

■一日示して云く、人の利鈍と云ふは志しの到らざる時のことなり、世間の人の馬より落(おつ)る時、いまだ地におちつかざる間に種種の思ひ起る。身をも損じ命ちおも失するほどの大事出来る時は、誰人も才学念慮を廻(めぐら)すなり。其時は利根も鈍根も同(おなじ)くものを思ひ義を案ずるなり。然(しか)あれば今夜死に明日死ぬべしと思ひ、あさましきことに逢ふたる思ひを作して、切にはげまし志しをすゝむるに、悟りをえずと云ふことなきなり。中々世智弁聡(べんそう)なるよりも鈍根なるやうにて切なる志しを発(ほつ)する人、速に悟りを得るなり。如来在世の周梨槃特(しゆりはんどく)のごときは、一偈(いちげ)を読誦(どくじゆ)することも難かりしかども根性切なるによりて一夏(いちげ)に証を取りき。只今ばかり我が命は存ずるなり。死なざる先きに悟を得んと切に思ふて仏法を学せんに、一人も得ざるはあるべからざるなり。(63~64頁)

■因(ちなみ)に問て云く、学人(がくにん)若し自己これ仏法なり、外に向(むかつ)て求むべからずとききて、深く此の言(ことば)を信じて、向来の修行参学を放下して、本性(ほんしやう、ムマレツキ)に任せて善悪(ぜんなく)の業(ごう、ワザ)をなして一期(いちご)を過さん、此の見解(けんげ)いかん。

 示して云く、此の見解(けんげ)、言(ごん)と理と相違せり。外に向て求むべからずと云(いひ)て、行を捨て学を放下でば、此の放下の行を以て所求(しよぐ)ありときこへたり。これ覓(もと)めざるにはあらず。只行学(ぎやうがく)もとより仏法なりと証して、無所求(しよぐ)にして、世事悪業(あくごふ)等は我が心になしたくともなさず、学道修行の懶(もの)うきをもいとひかへりみず、此行を以て打成(たじやう)一片に修(しゆ)して、道成(だうじやう)ずるも果を得るも我が心より求ることなふして行ずるをこそ、外に向(むかつ)て覓(もとむ)ることなかれと云(いふ)道理にはかなふべけれ。南嶽(なんがく)の磚(せん)を磨(ま)して鏡となせしも、馬祖の作仏を求めしを戒めたり。坐禅を制するにはあらざるなり。坐はすなはち仏行なり、坐はすなはち不為なり。是れ便ち自己の正体なり。此の外別に仏法の求むべき無きなり。(65頁)

■一日請益(しんえき)の次(つい)でに云く、近代の僧侶、多く世俗に随ふべしと云ふ。今思ふに然あらず。世間の賢すらなを民俗にしたがうことをけがれたることと云ひて、屈原の如きんば世は挙(こぞつ)て皆よへり我は独り醒(さめ)たりとて、民俗に随はずして、終(つひ)に滄浪に没す。況や仏法は事と事とみな世俗に違背(いはい)せるなり。俗は髪を飾る、僧は髪を剃る。俗は多く食(じき)す、僧は一食(じき)す。皆そむけり。然(そかう)して後に還(かえつ)て大安楽の人となりなる。故へに僧は一切世俗にそむけるなり。(65~66頁)

■亦云く、我れ大宋天童禅院に寓居せし時、浄老宵(よひ)には二更の三点まで坐禅し、暁は四更の二点三点よりおきて坐禅す。長老と共に僧堂裡(り)に座す。一夜も懈怠(けだい)なし。其の間だ、衆僧(しゆそう)多く眠る。長老巡り行て睡眠する僧をば或ひは拳を以て打ち、或ひは履(くつ)をぬいで打ち、恥かしめ進めて眠りを醒す。猶(な)を眠る時は照堂に行て鐘を打ち、行者(あんじや)を召し蠟燭をともしなんどして、卒時に普説して云く、僧堂裡に集り居て徒らに眠りて何の用ぞ。然(しか)あらば何ぞ出家して入叢林(につそうりん)するや。見ずや、世間の帝王官人、何人か身をたやすくする。君は王道を治め臣は忠節を尽し、乃至庶民は田を開き鍬(くわ)を取るまでも何人かたやすくして世を過す。是れをのがれて叢林に入(いつ)て空しく時光を過して、畢竟(ひつきやう)じて何の用ぞ。生死(しやうじ)事大なり、無常迅速なりと教家も禅家も同く勧(すす)む。今夕(こんせき)明旦如何なる死をか受け如何なる病をかうけん。且(しばら)く存ずるほど、仏法を行ぜず、眠り臥して空(むなし)く時を過すこと最も愚なり。かくの如くなる故に仏法は衰へ行くなり。諸方仏法の盛んなりし時は、叢林皆坐禅を専らにせしなり。近代諸方坐禅を勧め澆薄しゆくなりと。かくの如くの道理を以て衆僧(しゆそう)をすゝめて坐禅せしめられしこと、まのあたり是れを見しなり。今の学人(がくにん)も彼の風(ふう)を思ふべし。亦或る時き、近仕の侍者等云く、僧堂裡の衆僧(しゆそう)、眠りつかれて或ひは病ひ起り退心も起りつべし、これ坐の久き故か、坐禅の時剋を縮められばやと申しければ、長老大に嗔りて云く、然あるべからず。無道心の者の仮令(けりやう)に居(こ)するは半時片時(へんし)なりとも猶を眠るべし。道心ありて修行の志し有らんは、長からんにつけていよいよ喜び修(しゆ)せんずるなり。我れ弱(ワ)かゝりし時諸方の長老を歴観せしに、ある長老此(かく)の如く勧めて云く、巳前は眠る僧をば拳も欠(かけ)なんとするほどに打ちたるが、今は老後になりてちからよはくなりて、つよくも打ち得ざるほどに、よき僧も出来(いできた)らざるなり。諸方の長老も坐を暖く勧(すすむ)る故に仏法は衰微せるなり。我は弥(いよいよ)打(うつ)べきなり、とのみ示されしなり。(68~69頁)

■亦云く、道(どう)を得ることは心を以て得るか、身を以て得るか。教家(けうけ)等にも身心一如(しんじんいちにょ)と云(いひ)て、身を以て得るとは云へども、猶(なほ)一如(いちにょ)の故にと云ふ。しかあれば正(まさし)く身の得ることはたしかならず。今我が家(け)は身心(しんじん)ともに得るなり。其の中に心を以て仏法を計校(けこう、モクロミ)する間は、万劫千生(まんごふせんしやう)得べからず。心を放下して知見解会(ちけんげえ)を捨(すつ)る時得るなり。見色明心聞声悟道(けんしきみやうしんもんしやうごだう)の如きも、猶を身の得るなり。然(しか)あれば心の念慮知見を一向に捨て只菅打坐(しくわんたざ)すれば道(どう)は親しみ得るなり。然あれば道を得ることは正(まさ)しく身を以て得るなり。是に依(よつ)て坐を専らにすべしと覚(おぼ)へて勧むるなり。(69~70頁)

 正法眼蔵随聞記第三

■夜話に云く、今時世人を見る中に、果報もよく家をも起す人は、皆心の正直に人の為によき人なり。故に家をも保ち子孫までも昌ゆるなり。心に曲節ありて人の為に悪き人は、設(たと)ひ一旦は果報もよく家も保てる様なれども、終(つひ)にはあしきなり。設(たと)ひ亦一期は無事にして過す様なれども、子孫必ず衰微するなり。亦人のために善きことをして、其の人によしと思はれ喜びられんと思ふてするはあしきに比(ひ)すれば勝(す)ぐれたるに似たれども、猶を是は自身を思ふて人のために真(まこと)によきにはあらざるなり。其の人には知られざれども、人のために好き事をなし、乃至未来までも誰れが為と思はざれども、人の為によからん事をしをきなんどするを誠との善人とは云ふなり。況や衲僧(なふそう)は是にこへたる心をもつべきなり。衆生を思ふ事親疎を分たず、平等の済度の心を存じ、世出世間(せしゆつせけん)の利益(りやく)すべて自利を思はず人にも知られず喜こびられずとも、只人の為によきことを心の中に作(な)して、我れはかくの如くの心もちたると人に知られざるなり。此の故実はまづ世を捨て身を捨つべきなり。我が身をだにも真実に捨てぬれば、人にとく思はれんと謂(おも)ふ心は無きなり。然あればとて亦人はなにとも思はゞ思へとて、悪しきことを行じ放逸ならんは亦仏意(ぶつち)に背くなり。只よき事を行じ人の為に善事をなして代りを得んと思ひ我が名を顕はさんと思はずして、真実無所得にして、利生の事をなす。即ち吾我を離るゝ、第一の用心なり。此の心を存ぜんと思はゞまづ無常を思ふべし。一期は夢の如し。光陰は早く移る。露の命ちは消へ易し。時は人を待ざるならひなれば、只しばらく存じたるほど、聊(いささ)かのことにつけても人の為によく仏意(ぶつち)に順(したが)はんと思ふべきなり。(72~74頁)

■夜話に云く、学道の人は最も貧なるべし。世人を見るに財ある人はまづ嗔恚(しんに)〈注;自分の心に違うものをいかりうらむこと〉耻辱の二つの難定めて来るなり。宝らあれば人是を奪ひ取らんと思ふ、我は取られじとする時、嗔恚(しんに)たちまちに起る。或は是を論じて問答対決に及びついには闘諍(とうじやう)合戦(かっせん)をいたす。かくの如くのあひだに嗔恚(しんに)も起り耻辱も来るなり。貧にして貪らざる時は先ず此の難を免れて安楽自在なり。証拠眼前なり。教文(けうもん)を待(まつ)べからず。爾(しか)のみならず古聖(こしやう)先賢是を謗(そし)り諸天仏祖皆な是を恥かしむ。然あるに愚痴なる人は財宝を貯へそこばくの嗔恚(しんに)をいだくこと、耻辱の中の耻辱なり。貧しふして道(どう)を思ふは先賢古聖(こしやう)の仰ぐ所、諸仏諸祖の喜ぶ所ろなり。近来仏法の衰微しゆくこと眼前にあり。予始て建仁寺に入りし時見しと、後七八年過て見しと、次第にかはりゆくことは、寺の寮寮に塗籠をおき、各各(おのおの)器物(きもつ)を持し美服を好み財物(ざいもつ)を貯へ、放逸の言語(ごんご)を好み、問訊(もんじん)礼拝(らいはい)等の衰微することを以て思ふに、余所(よそ)も推察せらるゝなり。仏法者は衣盂(えう)の外に財宝等を一切持べからず。なにを置かんが為に塗籠をしつらふべきぞ。人にかくすほどの物をばもつべからざるなり。盗賊等を怖るゝ故にこそかくし置(おか)んと思へ、捨て持たざれば還(かへつ)てやすきなり。人をば殺すとも人には殺されじと思ひ定めつれば、用心もせられず盗賊も愁へられざるなり。時として安楽ならずと云ふことなし。(74~75頁)

■僧の云く、唐土の寺院には定まりて僧祗物(ぎもつ)あり常住物(じやうぢゆうもつ)等ありて置れたれば、僧の為に行道の資緑となりて其の煩(わずら)ひなし。此の国は其の義なければ、一向捨棄せられては仲中行道の違乱とやならん。かくの如くの衣食(えじき)資緑を思ひあてゝあらばよしと覚ゆ、いかん。

 示して云く、然あらず。中中唐土よりは此の国の人は無理に僧を供養じ非分に人に物を与ふることあるなり。先づ人は知らず、我れは此の事を行じて道理を得たるなり。一切一物も持たず、思ひあてがふことも無ふして、十余年過ぎ了りぬ。一分(いちぶん)も財を貯へんと思ふこそ大事なれ。僅の命をいくるほどのことは、いかにと思ひ財へざれども天然としてあるなり。人皆な生分あり、天地是れを授く。我れ走り求めざれども必ず有(ある)なり。況や仏子は如来遺嘱(ゆいしよく)の福分あり、不求(ふぐ)自得なり。只一向にすてゝ道を行ぜば、天然これあるべし。是れ現証なり。(82~83頁)

■亦云く、学道の人、多分云ふ、若し其のことをなさば世人是を謗(ぼう)ぜんかと。此の条太(はなはだ)非なり。世間の人いかに謗(ぼう)ずるとも、仏祖の行履(あんり)、聖教(しやうげう)の道理ならず、祖師も行ぜざることならば、依行(えぎやう)すべからず。其れ故に世人の親疎我れをほめ我れを誹(そし)ればとて彼の人の心ろに随ひたりとも、我が命終(みやうじゆう)の時悪業のも引れ悪道へ落なん時、彼の人いかにも救ふべからず。亦設(たと)ひ諸人に謗ぜられ悪(にく)まれるゝとも、仏祖の道に依行せば、真実に我れをたすけられんずれば、人の謗ずればとて道を行ぜざるべからず。亦かくの如く謗じ讃ずる人、必ずしも仏祖の行を通達(つうだつ)し証得せるにあらず。なにとしてか仏祖の道を世の善悪(ぜんなく)を以て判ずべき。然あれば世人の情には順(したが)ふべからず。只仏道に依行すべき道理ならば一向に依行すべきなり。(83頁)

■亦ある僧云く、某甲(それがし)老母現在せり。我れは即ち一子なり。ひとへに某甲(それがし)が扶持に依りて渡世す。恩愛(おんない)もことに深し。孝順の志しも深し。是れに依(よつ)ていさゝか世に随ひ人に随ふて、他の恩力を以て母の衣糧(えりやう)にあつ。我れ若し遁世籠居(とんせいろうきよ)せば母は一日の活命(くわつみやう)も存じ難し。是れに依(よつ)て世間にありて一向仏道に入らざらんことも難事なり。若し猶も捨てゝ道に入るべき道理あらば其の旨いかなるべきぞ。

 示して云く、此こと難事なり。他人のはからひに非ず。たゞ自ら能々(よくよく)思惟(しゆい)して誠に仏道に志し有らば、いかなる支度(したく)方便をも案じて毋儀(ぼぎ)の安堵活命をも支度(したく)して仏道に入らば、両方倶(とも)によき事なり。切に思ふことは必ずとぐるなり。強き敵、深き色、重き宝らなれども、切に思ふ心ふかければ、必ず方便も出来(いでく)る様あるべし。是れ天地善神(ぜんじん)の冥加もありて必ず成(じやう)ずるなり。曹渓(さうけい)の六祖は新州の樵人(せうじん)にて薪を売て母を養ひき。一日市(いち)にして客の金剛経を誦(じゆ)するを聴て発心し、母を辞して黄梅(わうばい)に参ぜし時、銀酢十両を得て毋儀の衣糧(えりやう)にあてたりと見えたり。是れも切に思ひける故の天の与へたりけるかと覚ゆ。能々(よくよく)思惟(しゆい)すべし。是れ最(もつ)ともの道理なり。毋儀の一期の待(まち)て其の後障碍(しやうげ)なく仏道に入らば次第本意の如くにして神妙なり。しかあれども亦知らず、老少不定(すぢやう)なれば、若し老母は久くとゞまりて我は先に去ること出来(いできた)らん時に、支度(したく)相違せば、我れは仏道に入らざることをくやみ、老母は是れを許さゞる罪に沈(しづみ)て、両人倶(とも)に益なふして互いに罪を得ん時いかん。若し今生(しやう)を捨てゝ仏道に入りたらば、老母は設(たと)ひ餓死すとも、一子を放(ゆ)るして道(どう)に入らしめたる功徳、豈に得道の良縁にあらざらんや。尤(もつと)も曠劫多生にも捨て難き恩愛(おんない)なれども、今生人身(にんじん)を受(うけ)て仏教にあへる時捨てたらば、真実報恩者の道理なり。なんぞ仏意(ぶつち)にかなはざらんや。一子出家すれば七世の父母得道すと見えたり。何ぞ一世の浮生の身を思ふて永劫安楽の因を空(むなし)く過さんやと云(いふ)道理もあり。是らを能々(よくよく)自ら計らふべし。(83~85頁)

 正法眼蔵随聞記第四

■亦示して云く、学人(がくにん)の第一の用心は先ず我見を離るべし。我見を離るゝと云ふは、此の身を執(しふ)すべからず。設(たと)ひ古人の語話(ごわ)を究め常坐鉄石の如くなりとも、此の身に著(ぢやく)して離れずんば、万劫千生にも仏祖の道を得べからず。いかに況や、権実(ごんじつ)の教法、顕密の正教(しやうげう)を悟り得たりと云(いふ)とも、身を執するこゝろを離れずんば徒らに他の宝を数(かぞへ)て自ら半銭の分なし。只請ふらくは学人静坐(じやうざ)して、道理を以て此の身の始終を尋ぬべし。身体髪膚(はつふ)は父母(ぶも)の二滴、一息とゞまりぬれば山野に離散して終に泥土となる。何を持てか身と執(しふ)せん。況や法を以て見れば、十八界の聚散(じゆさん)、いづれの法をか決定(けつぢやう)して我が身とせん。教内教外(けうないけうげ)別なりとも、我が身の始終不可得なることを行道の用心とすること、是れ同じゝ。先づ此の道理に達すれば寔(まこと)の仏道顕然(けんねん)なるものなり。(88~89頁)

■嘉禎二年臘月(らふげつ)除夜、始て懐奘(えじやう)を興聖寺(こうしやうじ)の首座(しゆそ)に請(しやう)ず。即ち小参(せうさん)の次(つい)で、初て秉払(ひんぽつ)を首座(しゆそ)に請ふ。是れ興聖寺(こうしやうじ)最初の首座(しゆそ)なり。小参の趣きは、宗門の仏法伝来の事を挙揚(こやう)するなり。初祖西来して、少林に居(こ)して機をまち、時を期(ご)して面壁(めんぺき)して坐せしに、某(なにがし)の歳の窮臘(きゆうらふ)に神光来参しき。初祖最上乗の器(き)なりと知(しり)て衣法(えほふ)共に相承(さうじよう)伝来して、児孫天下に流布し、正法(しやうぼふ)今日(こんにち)に弘通(ぐつう)す。当寺初て秉払(ひんぽつ)を行なはしむ。衆(しゆ)の少なきを憂ふること莫れ。身の初心なるを顧みることなかれ。汾陽(ふんやう)は僅に六七人、薬山(やくさん)は十衆(じつしゆ)に満たざるなり。然あれども皆仏祖の道を行じき。是を叢林のさかんなると云き。見ずや、竹の声に道(どう)を悟り、桃の花に心を明(あき)らむ。竹豈に利鈍あり迷悟あらんや。花何ぞ浅深あり賢愚あらん。花は年年に開くけれども人みな得悟するに非ず。竹は時時(じじ)に響けども聞く者尽(ことごと)く証道(しやうだう)するにあらず。たゞ久参(きうさん)修持(しゆぢ)の功により、弁道勤労(ごんらう)の縁を得て、悟道明心(みやうしん)するなり。是れ竹の声の独り利なるにあらず。亦花の色の殊に深きにあらず。竹の響き妙なりと云へども自ら鳴らず、瓦らの縁をまちて声を起こす。花の色(い)ろ美なりと云へども独り開くるにあらず、春風を得て開くるなり。学道の縁もまたかくの如し。此の道(だう)は人人(にんにん)具足(ぐそく)なれども、道を得る事は衆縁(しゆえん)による。人人(にんにん)利(り)なれども、道を行ずることは衆力(しゆりき)を以てす。ゆえに今ま心をひとつにし志をもつぱらにして、参究尋覓(さんきうじんみやく)すべし。玉は琢磨によりて器となる。人は錬磨によりて仁となる。いづれの玉か初より光ある。誰人か初心より利なる。必ずすべからくこれ琢磨し錬磨すべし。自ら卑下して学道をゆるくすることなかれ。古人の云く、光陰空くわたることなかれと。今問ふ、時光は惜むによりてとゞまるか。惜めどもとゞまらざるか。すべからくしるべし。時光は空(むなし)くわたらず、人は空くわたることを。人も時光とおなじくいたづらに過すことなく、切に学道せよと云ふなり。かくのごとく参究を同心にすべし。我れ独り挙揚(こやう)するも容易にするにあらざれども、仏祖行道の儀、大概みなかくの如くなり。如来の開示に随ひて得道するもの多けれども、亦阿難(あなん)によりて悟道する人もありき。新首座(しゆそ)非噐なりと卑下することなかれ。洞山(とうざん)の麻(ま)三斤(さんぎん)を挙揚(こよう)して同衆(どうしゆ)に示すべしと云(いひ)て、座を下(くだつ)て後ち再び鼓(く)を鳴らして首座(しゅそ)秉払(ひんぼつ)す。是れ興聖(こうしやう)最初の秉払(ひんぽつ)なり。懐奘(えじやう)三十九の歳なり。(89~91頁)

■一日示して云く、俗人の云く、何人か好衣(こうえ)を望まざらん、誰人か重味を貪ぼらざらん。然あれども道を存ぜんと思ふ人は、山に入り雲に眠り寒むきをも忍び飢へをも忍ぶ。先人苦しみなきに非ず、是れを忍びて道を守ればなり。後人是れを聴(きき)て道を慕ひ徳を仰ぐなり。俗すら賢なるは猶をかくの如し。仏道豈に然らざらんや、古人もみな金骨にはあらず。在世もことごとく上器にははあらず。大小の律蔵によりて諸の比丘(びく)をかんがふるに、不可思議(オモヒヨラヌ)の不当の心を起すもありき。然あれども後には皆得道し羅漢となれりと見へたり。しかあれば我れらも賤く拙なしと云ふとも、発心修行せば決定(けつぢやう)得道すべしと知て、即ち発心するなり。古へも皆な苦を忍び寒にたえて、愁ひながら修行せしなり。今の学者苦しく愁るとも只しひて学道すべきなり。(91~92頁)

■示して云く、愚痴なる人は其詮(せん)なきことを思ひ云ふなり。此こにつかはるゝ老尼公ありけるが、当時(イマ)いやしげにして在るをはづる顔にて、ともすれば人に向(むかつ)ては、昔しは上臘にてありしよしをかたる。たとひ而今(いま)の人にさもありと思はれたりとも、なんの用とも覚へぬ、甚だ無用なりとおぼゆるなり。皆人の思はくは此の心あるかと覚ゆるなり。道心の無きほども知られたり。是れらの心を改ためて少し人には似るべきなり。亦有る入道の究て無道心なるあり。去り難き知音(ちいん)にてある故に、道心おこらんこと仏神に祈誓(きせい)せよと云はんと思ふ。定て彼れ腹立して中をたがふことあらん。然あれども道心を発(おこ)さゞらんには得意(ネンゴロ)にてもたがひに詮なかるべし。(94~95頁)

■示して云く、善悪ち云ふこと定め難し。世間の人は綾羅錦繍(りようらきんしう)をきたるをよしと云ふ。麁布糞掃衣(そふふんぞうえ)をわるしと云ふ。仏法には此れをよしとし清しとし、金銀錦綾をわるしとしけがれたりとす。かくの如く一切のことにわたりて皆然り。予が如きも聊(いささ)か韻声(いんせい)をとゝのへ文字をかきすぐるゝを俗人等は尋常ならぬことに云(いふ)もあり。亦有(ある)人は、出家学道の身としてかくの如きのこと知れるとそしる人もあり。いづれをか定めて善として取り悪としてすつべきぞ。文(もん)に云く、ほめて白品(びやくほん)の中にあるを善と云ふ、そしりて黒品(こくほん)の中におくを悪と云ふと。亦云く、苦を受くべきを悪と云ふ、楽をまねくべきを善と云ふと。かくの如く子細に分別して真実の善を見て行じ、真実の悪を見てすつべきなり。僧は清浄(しやうじやう)の中より来れるものなれば、人の欲を起すまじきものを以てよしとしきよしとするなり。(99頁)

■示して云く、世間の人多分云く、学道のこゝろざしあれども世は末世なり、人は下劣なり、如法(によほふ)の修行にはたゆべからず、只随分にやすきにつきて結縁(けちえん)を思ひ、他生に開悟を期(ご)すべしと。今ま云ふ、此の言(ことば)は全く非なり。仏教に正像末を立(たつ)ること暫く一途(いちづ)の方便なり。在世の比丘必ずしも皆すぐれたるにあらず。不可思議に希有にあさましく下根なるもありき。故に仏け種々の戒法等をまふけ玉ふこと、皆わるき衆生下根の為なり。人人皆な仏法の器(き)なり。かならず非噐なりと思ふことなかれ。依行せば必ず証を得べきなり。既に心あれば善悪を分別しつべし。手あり足あり合掌歩行にかけたる事あるべからず。しかあれば仏法を行ずるには器をえらぶべきにあらず。人外の生は皆な是器量なり。余の畜生等の生にてはかなふべからず。学道の人只明日を期(ご)することなかれ。今日今時ばかり仏法に随て行じゆくべきなり。(100頁)

■一日有る客僧問て云く、近代遁世の法は各の各の斎料等のことをかまへ用意して、後のわづらひなきやうに支度す。是れ小事なりと云へども学道の資縁なり。かけぬればことの違乱出来たる。今師の御様(おんさま)を承り及ぶには、一切其の支度なく只天運にまかすと。若し実(まこと)にかくのごとくならば後時(ごじ)の違乱あらんか、いかん。

 答て云く、事皆な先証あり。敢て私曲を存ずるにあらず。西天東地の仏祖、皆かくの如し。白毫(びやくがう)一分(いちぶん)の福の尽(つく)る期(ご)あるべからず。何ぞ私に活計をいたさん。亦明日の事はいかにすべしとも定め図り難し。此の様は仏祖のみ行じ来れる所ろにて私なし。若し事(こ)と闕如(けつじよ)して絶食(ぜつじき)せば其の時にのぞんで方便をもめぐらさめ。兼て是を思ふべきことにはあらざるなり。(102頁)

 正法眼蔵随聞記第五

■一日示して云く、仏法の為には身命(しんみやう)を惜しむことなかれ、俗猶(な)を道(みち)の為には身命(みやう)をすて、親族をかへりみず忠を尽し節を守る。是を忠臣とも云ひ賢者とも云ふなり。昔し漢の高祖隣国といくさを起す時、ある臣下の母敵国にありき。官軍も二た心有らんかと疑ひき。高祖も、かれ若し母を思ひて敵国へさることもやあらんずらん、若しさあらば軍(いくさ)やぶるべしとてあやぶむ。爰(ここ)に彼の母も、我が子もし我れによりて我が国へ来ることもやあらんかとおもひ、誡(いましめ)ていはく、われによりていくさの忠をゆるくすることなかれ、我れもしいきていたならば汝ぢ二た心ろもやあらんと云ひて、剣に身を投げてうせてげり。其の子本よりふた心ろなかりしかば、其のいくさに忠節を致す志し深かりけると云ふ。況(いはん)や衲子(のつす)の仏道を存ずるも、必(かならず)しも二た心無き時、まことに仏道に契(かな)ふべし。仏道には慈悲智慧本よりそなはる人もあり。設(たと)ひ無きひとも学すれば得(うる)なり。只身心(しんじん)を倶(とも)に放下して、仏法の大海(だいかい)に廻向(えかう)して、仏法の教に任せて、私曲を存ずることなかれ。亦漢の高祖の時、ある賢臣の云く、政道の理乱はなはの結ぼふれるを解くが如し。急にすべからず。能々(よくよく)道理を心得て行ずべきなり。法門を能く心ろふる人は、必ず強き道心ある人よく心得(こころうる)なり。いかに利智聡明なる人も、無道心にして吾我(ごが)をも離れえず名利をも棄(すて)えぬ人は、道者ともならず、正理をも心ろ得ぬなり。(105~106頁)

■一日僧問て云く、智者の無道心なると無智の有道心(うだうしん)なると、始終いかん。答て云く、無智の有道心は終に退すること多し。智慧ある人は無道心なれども終には道心を起すなり。当世も現証是れ多し。然あれば先ず道心の有無を云はず、学道を勤むべきなり。道を学せば只だ貧なるべし。内外(ないげ)の書籍(しよじやく)を見るに、貧ふして居所(きよしよ)もなく、或は滄浪の水に浮び、或は首陽の山にかくれ、或は樹下(じゆげ)露地に端坐し、或は塚間(ちよげん)深山に卓菴する人もあり。亦富貴にして財多く、朱漆をぬり金玉をみがきて宮殿等を造るもあり。倶(とも)に典籍(てんじやく)にのせたり。然といへども後代をすゝむるには皆貧にして財なきを以て本とす。謗(そし)りて罪業を誡(いまし)むるには、富て財多きを驕者(けうしや)の者と云て誹(そし)れるなり。(110頁)

■示して云く、古へに謂(いは)ゆる君子の力は牛に勝れり、然あれども牛とあらそはずと。今の学人、我が智慧(ちえ)才学人(ひと)に勝れたりと存ずるとも、人と諍論(じやうろん)を好むことなかれ。亦悪口(あくく)を以て人を呵嘖(かしやく)し、怒目(どもく)を以て人を見ることなかれ。今時の人、多く財をあたへ恩を施せども、嗔恚(しんに)を現じ悪口を以て謗言する故に、必ず逆心を起すなり。昔真淨文和尚(しんじやうぶんをしやう)、衆に示して云く。我むかし雲峰とちぎりをむすんで学道せしきとき、雲峰同学と法門を論じ、衆領(しゆれう)にてたがひに高声(かうしやう)に論談し、ついには互に悪口に及び諠譁(けんくわ)しき。諍論(じやうろん)已(すで)にやんで雲峰我れに謂て云く、我と汝と同心同学なり、契約浅からず、何が故ぞ我れ人とあらそふに口入(くちいれ)をせざるやと。我れそのとき揖(いつ)して恐惶(きようくわう)せるのみなり。其の後彼も一方の善知識たり、我れも今住持たり。往日(そのかみ)おもへらく、雲峰の論談、畢竟(ひつきやう)無用なり。況や諍論(じやうろん)は定りて僻事(ひがごと)なり。諍(あらそ)ふて何の用ぞと思ひしかば、我は無言にして止りぬと云云。今の学人も最もこれを思ふべし。学道勤労(ごんらう)の志しあらば時光を惜(おしみ)て学道すべし。何の暇(いと)まありてか人と諍論(じやうろん)すべき。畢竟じて自他共に無益なり。法門すらしかなり。何かに況や世間の事において無益の論をなさんや。君子の力ら牛に勝れりといへども牛と諍(あら)そはず。我れ法を知れり、彼に勝れたりと思ふとも、論じて人を掠(かす)め難ずべからず。若し真実の学道の人ありて法を問はゞ、法を惜むべからず。為に開示すべし。然あれども猶それも三度(みたび)問はれて一度(ひとたび)答ふべし。多言閑語(たごんかんご)することなかれ。我れも此の真淨の語を見しより後、尤(もつと)も此咎(とが)は我身にもあり、是れ我をいさめらるゝと思ひし故に、以後終(つひ)に他と法門の諍論(じやうろん)せざるなり。(111~112頁)

■示して云く、古人多くは云ふ、光陰空しく度(わた)ること莫れ。亦云く、時光徒らに過すことなかれと。今学道の人須(すべから)く寸陰を惜むべし。露命消やすし、時光速かにうつる、暫くも存ずる間だ余事を管ずることなかれ。唯(ただ)須(すべから)く道(どう)を学すべし。今時の人、或は父母(ぶも)の恩を捨て難しと云ひ、或は主君の命に背き難しと云ひ、或は妻子眷属に離れ難しと云ひ、或は眷属等の活命存じ難しと云ひ、或は世人誹謗しつべしと云ひ、或は貧ふして道具調(ととの)ひ難しと云ひ、或は非噐にして学道堪えがたし云ふ。かくのごとく識情を廻らして、主君父母(ぶも)をも離れえず、妻子眷属をもすてえず、世情に随ひ財宝を貪るほどに、一生空く過して、正しく命終(みやうじゆう)の時に当(あたつ)ては後悔すべし。静坐(じやうざ)して道理を案じ、速かに道心を起さんことを決定(けつぢやう)すべし。主君父母(ぶも)も我に悟りを与ふべからず。妻子眷属も我が苦みを救ふべからず。財宝も我が生死輪廻を截断(せつだん)すべからず。世人も我をたすくべきにあらず。非噐なりと云て修(しゆ)せずんば何れの功(こふ)にか得道せんや。只須(すべから)く万事を放下して一向に学道すべし。後時を存ずることなかれ。(112~113頁)

■示して云く、学道は須(すべから)く吾我を離るべし。設(たと)ひ千経万論を学し得たりとも、我執(がしふ)を離れずんば終(つひ)に魔坑(まきやう)に落(おつ)べし。古人の云く、若し仏法の身心(しんじん)なくんばいづくんぞ仏(ぶつ)となり祖と成らんと云云。我を離るゝと云は、我が身心(しんじん)を仏法の大海に抛向(はうかう)して、苦しく愁ふるとも仏法に随(したがひ)て修行するなり。若し乞食(こつじき)をせば人是をわるしみにくしと思はんずるなれど、かくのごとく思ふ間だはいかにしても仏法に入(いり)得ざるなり。世の情見をすべて忘れて、唯道理に任せて学道すべし。我身の器量を顧(かへり)み仏法に契(かな)ふまじなんど思ふも、我執(がしふ)を持たる故なり。人目を顧み人情を憚るは、即ち我執の本なり。只仏法を学すべし。世情に随(したが)ふことなかれ。(113~114頁)

■示して云く、先師(せんじ)全和尚、入宋(につそう)せんとせし時、本師(じ)叡山(えいざん)の明融(みょうゆう)阿闍梨重病起り、病床にしずみ既に死せんとす。其の時かの師云く、我既に老病起り死去せんこと近きにあり、今度(このたび)暫く入宋(につそう)をとゞまりたまひて、我が老病を扶(たす)けて、冥路を弔ひて、然して死去の後其の本意をとげらるべしと。時に先師(せんじ)弟子法類等を集めて議評して云く、我れ幼少の時双親の家を出て後より、此の師の養育を蒙(かうむり)ていま成長せり。其の養育の恩最も重し。亦出世の法門大小権実(ごんじつ)の経文、因果をわきまえ是非をしりて、同輩にもこえ名誉を得たること、亦仏法の道理を知(しり)て今入宋(につそう)求法(ぐほふ)の志しを起すまでも、偏(ひとへ)に此の師の恩に非ずと云ことなし。然るに今年すでに老極(らうごく)して、重病の床に臥(ふし)たまえり。余命存じがたし。再会期(えご)すべきにあらず。故にあながちに是を留(とど)めたまふ。師の命もそむき難し。今身命を顧みず入宋(につそう)求法(ぐほふ)するも、菩薩の大悲利生の為なり。師の命を背(そむい)て宋土に行ん道理有りや否や。各の思はるゝ処をのべられるべしと。時に諸弟人人皆云く、今年の入宋(につそう)は留まらるべし。師の老病死巳に極れり。死去決定(けつぢやう)せり。今年ばかり留りて明年入宋(につそう)遅きとても何んの妨げかあらん。師弟の本意相違せず。入宋(につそう)の本意も如意なるべしと。時に我末臘(まつらふ)にて云く、仏法の悟り今はさてかふこそありなんと思召さるゝ儀ならば、御留り然あるべしと。先師(せんじ)の云く、然あるなり、仏法修行これはどにてありなん。始終かくのごとくならば、即ち出離得道たらんかと存ずと。我が云く、其の儀ならば御留りたまひてしかあるべしと。時にかくのごとく各(おのお)の総評し了(おはり)て、先師(せんじ)云く、おのおのゝ評議、いづれもみな留まるべき道理ばかりなり。我の所存は然あらず。今度留りたリとも、決定(けつぢやう)死ぬべき人ならば其に依て命を保つべきにもあらず。亦われ留りて看病外護せしによりたりとて苦痛もやむべからず。亦最後に我あつかひすゝめしによりて、生死を(しやうじ)を離れらるべき道理にもあらず。只一旦命に随て師の心を慰むるばかりなり。是れ即ち出離得道の為には一切無用なり。錯(あやまつ)て我が求法(ぐほふ)の志しをとげて、一分の悟りをも開きたらば、一人有漏(いちにんうろ)の迷情に背くとも、多人得道の因縁と成りぬべし。此の功徳もしすぐれば、すなはちこれ師の恩をも報じつべし。設(たと)ひ亦渡海の間に死して本意をとげずとも、求法の志しを以て死せば、生生(しやうしやう)の願(ぐわん)つきるべからず。玄奘三蔵のあとを思ふべし。一人(にん)の為にうしなひやすき時を空く過さんこと、仏意(ぶつち)に合(か)なふべからず。故に今度(このたび)の入宋(につそう)一向に思切(おもひき)り畢(をは)りぬと云て、終に入宋(につそう)せられき。先師(じ)にとりて真実の道心と存ぜしこと、是らの道理なり。然あれば今の学人(がくにん)も、或は父母(ぶも)の為、或は師匠のの為とて、無益の事を行じて徒らに時を失ひて、諸道にすぐれたる仏道をさしをきて、空く光陰を過すことなかれ。時に奘(じやう)問て云く、真実求法の為には有為の父母(ぶも)師匠の恩愛の障縁を一向にすつべき道理は、まことに然かあるべし。たゞし、父母(ぶも)師匠の恩愛等のかたは一向に捨離すとも、亦菩薩の行を存ぜん時は、自利をさしをきて利他を先とすべきか。然あるに老師重病切にして、亦他人のたすくべきもなく、幸に保護の我れ一人、其の仁に当りたるを、自らの修行ばかりを思ひて渠(かれ)を扶けずんば、菩薩の行に背けるに似たるか。たゞ大士の善行をきらふべからず。縁に随ひ事に触れて仏法を存ずべきか。もしこれらの道理によらば、亦止(とどま)りてたすくべきか。何ぞ独り求法を思ひて老病の師を扶(たす)けざるや、いかん。示して云く、利他の行も、たゞ劣なる方を捨てゝ勝なる方をとらば、大士の善行なるべし。老病を扶(たす)けとて水菽(すいしゆく)の孝をいたすは、只今生暫時の妄愛迷情の喜びばかりなり。迷情の有為に背いて無為の道(どう)を学せんは、設(たと)ひ遺恨は蒙ることありとも、出世の勝縁と成るべし。((115~118頁)

■示して云く、大慧禅師(だいえぜんじ)の云く、学道は須(すべから)く人の千万貫の銭(ぜに)を債(お)ひけるが、一文をも持たざるに、乞責(こひせめ)らるゝ時の心の如くすべし、若しこの心あれば、道(どう)を得ることやすしといへり。(123頁)

■示して云く、古人の云く、百尺の竿頭にさらに一歩をすゝむべしと。此の心は、十丈の竿のさきにのぼりて、なを手足(しゆそく)をはなちてすなはち身心(しんじん)を放下するが如くすべし。是に付(つき)て重々の事あり。今時の人は世をのがれ家を出(いで)ぬるに似たれども、其の行履(あんり)をかんがふればなを実(まこ)とに出家の遁世にてはなきなり。いはゆる出家と云ふは、第一まず吾我名利を離るべきなり。是を離れずんば行道は頭燃(ずねん)を払ひ精進は翹足(げうそく)をしるとも、只無理の勤苦(ごんく)のみにて出離(しゆつり)にはあえあざるなり。(124頁)

■示して云く、衣食(えじき)の事は兼てより思ひあてがふことなかれ。若し失食(しつじき)絶烟(ぜつえん)せば、其の時に臨(のぞん)で乞食(こつじき)せん。その人に用事いはんなど思ひ設けたるも、即ち物を貯(たくはふ)る邪命食(じやみやうじき)にて有(ある)なり。衲子(のつす)は雲の如く定れる住所もなく、水の如くに流れゆきて、よる処もなきをこそ僧とは云ふなり。縦(たと)ひ衣鉢(えはつ)の外に一物を持たずとも、一人の檀那をも頼み一類の親族をも頼むは、即ち自他ともに縛住せられて不浄食(ふじやうじき)にてあるなり。かくのごとくの不浄食(ふじやうじき)等を以てやしなひもちたる身心(しんじん)にて、諸仏清浄(しやうじやう)の大法を悟らんと思ふとも、とても契(かな)ふまじきなり。かとへば藍にそめたる物は青く、檗(きはだ)に染めたる物は黄なるが如く、邪命食(じやみやうじき)を以てそめたる身心(しんじん)は即ち邪命身なるべし。此の身心(しんじん)を以て仏法をのぞまば、沙(すな)を圧して油を求めるが如し。只時にのぞみて兎も角も道理に契(かな)ふやうにはからふべきなり。かねてとかく思ひたくはふるは、皆たがふことなり。能能(よくよく)思量すべきなり。(126~127頁)

■示して云く、学道の人、衣食(えじき)を貪ることなかれ。人人皆食分あり、命分あり、非分の食命(じきみやう)を求むるとも得べからず。況や学仏道の人にはおのづから施主の供養あり。常乞食(じやうこつじき)たゆべからず、亦常住物(じやうぢゆうもつ)もこれあり、私の営みにあらず。果蓏(くわら、コノミクサノミ)と乞食と信心施との三種の食(じき)は、皆な是れ清浄食なり、其の余の田商士工の四種の食は、皆不浄の邪命食なり。出家人の食分にあらず。昔一人の僧あり、死して冥途(めいど)に行く。閻王(えんわう)の云く、此の人は命分いまだつきず、かへすべしと。冥官(みやうくわん)云く、命分つきずといへども食分すでに尽く。王の云く、荷葉(かえふ)を食せしむべし。しかりよりその僧よみがへりて後ち、人中(にんぢゆう)の食物食することをえず、只荷葉(かえふ)のみを食して残命(ざんみやう)を保てり。しかあれば出家は学仏のちからによりて食分も尽べからず。白毫(びやくがう)の一相、二十年の遺因(ゆいいん)、歴劫(りやくこふ)に受用すとも尽べきにあらず。たゞ行道を専らにして、衣食(えじき)を求むべきにはあらざるなり。身体値肉だによくもてば、心も随(したがつ)てよくなると医方等にも見へたり。いはんや学道の人、持戒梵行(ぢかいぼんぎやう)して仏祖の行履に任(まかせ)て身を治むれば、心も随(したがひ)て調ふなり。学道の人、言ばを発せんとする時は、三度(みたび)顧(かへりみ)て自利利他の為に利あるべくんば是を云(いふ)べし。利なからん言語(ごんご)は止(とど)まるべし。かくのごときの事も一度にはえがたし。心にかけて漸々(ぜんぜん)に習ふべきなり。(132~133頁)

■雜話(ざふわ)の次(つい)でに示して云く、学道の人、衣食(えじき)にわづらふことなかれ。此の国は辺地(へんぢ)小国(せうごく)なりといへども、昔も今も顕密の二教に名をえ、後代にも人にも知られたる人おほし。或は詩歌管弦の家、文武学芸の才、其道を嗜む人もおほし。かくの如き人人未だ一人(いちにん)も衣食(えじき)に豊かなりと云ことを聞かず。皆貧を忍び他事を忘れて一向に其の道を好むゆへに、其の名をも得るなり。いはんや祖門学道の人は、渡世を捨てゝ一切名利に走らず。何としてか豊かなるべきぞ。(133~134頁)

■身の病者なれば病ひを治(ぢ)して後より修行せんと思は無道心のいたす処なり。四大和合の身は誰か病無からん。。古人必ずしも金骨にあらず。只志しだに至りぬれば他事を忘れて行ずるなり。大事(だいじ)身の上に来れば必ず小事を忘るゝ習ひなり。仏道は一大事なれば、一生に窮めんと思ひて日日(にちにち)時時(じじ)を空くすごさじと思ふべきなり。古人云く、光陰虚しく渡ることなかれと云云。病を治せんと営むほどに除かずして増気し苦痛いよいよせめば、少しも痛のかるかりし時に行道せんと思ふべし。強き痛みを受(うけ)ては尚を重くならざるさきにと思うべし。重く成(なり)ては死せざるさきにと思ふべきなり。病を治するには減ずるもあり増ずるもあり。亦治せざれども減じ、治するに増ずるもあり。これを能能(よくよく)思ひ分くべきなり。行道の人、居所(きよしよ)等を支度し衣鉢(えはつ)等を調へて後に行道せんと思ふことなかれ。貧窮(びんぐう)の人、衣鉢(えはつ)資具にともしくて調ふを待(まつ)ほどに、次第に臨終ちかづきよるはいかん。ゆへに居所(きよしよ)を持ち衣鉢(えはつ)を調へて後に行道せんと欲せば、一生空く過すべきなり。只衣鉢(えはつ)等はなけれども、在家も仏道は行ずるぞかしと思ひて行ずべきなり。亦衣鉢(えはつ)等は只有(ある)べき僧体のかざりなればなり。実(まこと)の仏道行者はそれにもよらず、より来らば有るに任すべし。あながちに求ることなかれ。有ぬべきを持じとも思ふべからず。病も治しつべきを、わざと死せんと思ひて治せざるも外道の見(けん)なり。仏道の為には命を惜むことなかれ。亦惜まざることなかれ。より来らば灸治一所煎薬一種なんど用ひん事は、行道の障りともならじ。行道をさしおきて、病を治するをさきとして後に修行せんと思ふは非なり。(136~138)

■道(どう)を得ることは根(こん)の利鈍にはよらず、人人(にんにん)皆法を悟るべきなり。精進と懈怠(けだい)とによりて得道の遅速あり。進怠の不同は志しの至ると至らざるとなり。志しの至らざることは無常を思はざる故なり。念念に死去す、畢竟(ひつきやう)じて且(しばら)くも留まらず。暫(しばら)く存ぜる間だ、時光を空しくすごすことなかれ。古語に云ふ、倉にすむ鼠み食に飢へ、田を耕す牛草に飽かずと。云(いふ)心は、食(じき)の中にありながら食(じき)にうえ、草の中に住しながら草に乏し。人もかくのごとし。仏道の中に有りながら道(どう)にかなはざるものなり。名利希求(けぐ)の心止まざれば、一生安楽ならざるなり。(139~140頁)

(2013年1月29日

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