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「世界はそうなっている」の世界に触れて 原田三佳子

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「世界はそうなっている」の世界に触れて 原田三佳子(128頁)

 『芸術の杣径』と『芸術の哲学』に続いて、今回のテキストのお手伝いをさせていただいたのは、たいへん楽しい時間でした。アトリエで岡野先生の語られることは、いっそのこと話し言葉の一字一句そのままのほうが勢いが伝わるのではないかとも思います。しかし本書の、ご本人が再構成された文章からも存分に、若い青年そのままのような、話しても話しても尽きない岡野岬石氏の中身が伝わるのではないでしょうか。

 青年そのままといってももちろん、壮大な変遷がありました。一連の文章は書籍となっていない、ネット上にアップされたテキストも含めて先生の世界観の大きな軌跡と言えるでしょう。

 取材にあたり、今度は道元ですか? なんて言いませんが、もちろんあっちこっちに行くの類でなく、いったいどこまで行くのでしょう!という意味で、期待とも、もはや諦念ともいえそうな感慨で今回のお話を伺いました。

 何度も出てきたのが「世界はそうなっている」というフレイズです。それを語るときの先生の嬉しそうな表情がなんとも言えません。先生らしさが溢れ出て、幸せオーラに包まれるときでもありました。

 しかし聞いているだけでは一連の流れに付いていけず、復習も含めてマンデルブロー集合の動画を見て、少し納得(?)したりしました。香厳撃竹も廓然無聖も耳にした時点では、ただのキョウゲンゲキチク、カクネンムショウ。それでも少しずつ咀嚼する中で、先生の境地をわずかでも想像できるようになった気がします。

 咀嚼というか消化というか、納得したことにはもう一つの面がありました。つまり七〇歳を越えた先生の現在と、お風呂で数字を覚えていた幼時や、銀ヤンマを採り、メンコに興じた少年時、バイト帰りにトンカツを食べたことでバイトを辞めた青年時などの先生の姿は、見事にブレずに一貫していることが見えてきました。

 体験から絶えず何かをひらめき、自分のセオリーをまとめ上げ、先生の言葉を借りると「ジグソーパズルの島が組み合って」ついに全元論にいたった。その経緯を思い浮かべるだけで、これまでの記憶も含めてご本人の感動や喜びを丸ごと提供され、共有されたような気がします。全元論の中身を自分の言葉で言い表わすことは未だできませんが、共有された喜び――。それだけは今も驚くほどの実感として続いており、感謝しています。

 

 お話を聞く中で、ドキッとした瞬間がありました。質問した言葉は思い出せないのですが、先生の答は数秒の沈黙のあと「差別しちゃいけないんだよ」とのこと。おそらく、先生の学生時代にしたことを今の学生は何故できないのでしょう、というような質問だったと思います。

 「差別してはいけない」。それはたまたま当時気になっていたテーマで、ある方の「悟りとは差取りだよ」という言葉に軽くショックを受けていた時期でした。あれ? 先生も同じことを言われる。自分と他者の間になんらかの条件を設けてこちらにはない、あちらにはあるとかその逆とか。わざわざ「差」を作り上げて勝手に煩いを生み出している愚かしい日々・・・。いや、愚かしいと言ってその時点の姿を差別してはいけないのかも? いずれ、小さな煩いというのは自覚していないけれど、長い歳月で積み上げるとかなりの量になることでしょう。おそらく内と外、自分と他人を分けて考えることが日常化したような凡々とした日々でした。

 しかし、本書にもあるように向こうとこちらを分けられない、全部の存在として意識する。それだけでも世界は別の色に見えるのだと、できるだけ今は考えるようにしています。

 岡野先生は「素晴らしいだろう!」と、少々引かれるかもしれないことを言われます。しかしそれは自分が素晴らしいのでなく「世界が素晴らしいから」。八〇〇年前の道元の言葉に著者が出会ったように、八〇〇年と言わず近い未来のいつか、どこかで誰かが本書と出会ってワクワクと嬉しい境地を開かれることを、心から期待しています。ありがとうございました。

原田三佳子 (元編集者)

 

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