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(73)画面に白のパートがどこかにあった方がいいが、なくてもいい

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(73)画面に白のパートがどこかにあった方がいいが、なくてもいい(255頁)

絵を描くって、本当に面白いんだ。どうでもいい人には、どうでもいい。画面の中に白いパートがあろうがなかろうが他人にとっては「だからどうなんだ」という感じだが、画家本人にとってはコペルニクス的大発見なのだ。

何でこんなにおもしろい事なのに、みんなはおもしろいと気が付かないないんだろうなぁと思う。本当に、人間にとって芸術こそが最高の快楽だね。何十年やっても、この歳になってまだ新しい命題が生まれるんだもの。いまだにキャンバスの前では、画学生ころとまったく同じ気持ちだ。そして、その新しい発見で、死ぬまで美の記録は伸びていき、新しい視界が開けていくのだもの。

そうしてみると、ピカソもマチスも、わくわくするくらい、人生を生きている。「あぁ…いいなぁ」と、「僕も描いてみたいなぁ」と、そういう気持ちを観る人に興させる絵が、人生肯定の、いい絵なんだ。

いざ油絵にするときにエスキースでは予測できなかった問題がでる事があるが、それは技術的な事で、単に技術的な事なら、だんだんうまくなるから大丈夫。この歳になれば、長年つちかった技術で、新しい挑戦をしない限りは相当やれる。

しかし、今までの範疇外の新たな命題が出てきたときは、一つひとつ検証していかなければならない。そして、それに応じた新しいテクニックを身に付けなければならない。一連のこの行為は、大変困難ではあるが反面これは大変面白い。

普通なら「白を画面に入れなくても入れなくても、別にいいんじゃないの?」と、簡単に言われるかもしれないが、僕の解釈学上説明しきれない現象に出会ったら黙ってそれを見過ごせない。

ロスコの絵にはホワイトを使っていない作品が何点もある。それなのに画面の光は白色光で美しい。その理由を知りたい。その秘密を解き明かしたい。最近ある発見から、何とか、できそうな感じがしている。予測だけれど、できそうだから、わくわくして、次の仕事に挑戦してみようと思う。

油絵で、どうやってグラデーションができるようになったかというと、それは、すでに書いた滲みの所の問題なんだ。そこに気が付かないと、グラデーションは無理だ。

黄色と青色が滲んでいって、二色が重なると緑になるのだけれど、この緑は絵具の減算混合だから始めの二色よりも明度の暗い緑になる。この緑を光の加算混合を想定して、明るい緑に置き換えると美しく光はじめる。つまり、自然に使うと減算混合する絵具を、意識的に光の加算混合に置き換えるのだ。

だから、無理をしてそこを明るい緑にする。白を混ぜて、それも不透明な白(チタニウムホワイト)を混ぜて明るい緑を作る。黄色と青色の二色だけで明るい緑を作る事は、土台無理なんだ。不透明な白を混ぜて、それを塗って、明るい緑にしなければならない。

グラデーションも同じ事だ。たとえば靉嘔(あいおう 1931~)が虹の絵を描いているが、色と色とは連続してつまりグラデーションで移っていっていない。そうしないと、すべてグラデーションで、本当の虹のように絵具で描こうとすると、色と色とが混ざったところが、暗くなってしまう。虹を絵具で描こうというのは、大変難しい。これも、滲みと同じことで、構造がそうなっている。だから同じように、隣の2色が混じって暗くなる所を明るくすると虹も描写できる。

光だったらどうなるかと、光のグラデーションならどうなるかと、そういう事を意識して絵を描かない限り、絵具をナチュラルに使っている限り、虹のような光のグラデーションにはならない。僕のグラデーションは、画面のグラデーションしている所はピカピカ光っている。たとえば黄色と青色があって、グラデーションで黄色から緑色になって、青色に変わるという、そういう絵造りでグラデーションを描こうとしたら、ただ単に絵具を塗っていては駄目なのだ。

光ならどういうグラデーションなのか、という事を予測して、想像して色を付けていく。だから筆で描かなければ駄目だ。光のグラデーションをエアーブラシでやると筆で描くよりも難しい。菅井汲(1919~1996)のグラデーションはエアーブラシを使っているけれど。

ハケや筆のように、意識的に下の色の上に乗っかるような道具でないといけない。エアーブラシは、光のグラデーションを描画するには不向きな道具なのだ。

版画もこの問題の技術上のハードルを抱えている。版画だけやっている画家が大成しないのは、モノクロームでは問題がないが色を使うとこのことに気付きにくいせいなのだ。光の問題に気がつけば、版画自体を考えなければならない。

ムンクの木版画に「一版多色刷り」という方法を使った版画があって、それは素晴らしいアイデアだ。版木をいくつかのパーツに切って、各々に色をつけて、それを縛って一つにして刷る。一版多色刷りしていくと、色が重ならないし、パーツとパーツの間に紙の地が白く線で残るところがまたいい。光の問題を考えないで、多色刷りをやると二色以上の色が重なったところが上手くいかない。

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