『児島善三郎が大久保泰氏へ宛てた葉書の文章』
■長く沈滞していた私の画境も北海道以来堰を破る奔流の様に力強く闊達とした世界が開けてきたことを我ながら身に感じます。個性を捨て我執を越え、技法に捕われない悠久、神厳な生命に満ちた芸術境が、目の前に展開しつヽあることを強く感じます。
(2011年7月22日)
岡野岬石の作品とテキスト等の情報ボックスとしてブログ形式で随時発信します。
投稿日:
『児島善三郎が大久保泰氏へ宛てた葉書の文章』
■長く沈滞していた私の画境も北海道以来堰を破る奔流の様に力強く闊達とした世界が開けてきたことを我ながら身に感じます。個性を捨て我執を越え、技法に捕われない悠久、神厳な生命に満ちた芸術境が、目の前に展開しつヽあることを強く感じます。
(2011年7月22日)
執筆者:okanokouseki
関連記事
『道元「永平広録・頌古」』大谷哲夫 全訳注 講談社学術文庫 はじめに ■『永平広録』(十巻)は『正法眼蔵』と双璧をなす道元禅師の主著です。『正法眼蔵』の各巻の示衆(じしゅ)が、仏法参学者たちへの「信」 …
『画中日記』2020.03.28【武漢ウイルス(1)】 下記の文章は、2月10日の『画中日記』に書いた文章の一部です。 《展覧会同時期の武漢ウイルス問題を比べると、まさしく「善因善果、悪因悪果」である …
『道元禅師語録』鏡島元隆著 講談社学術文庫 ■あらゆる既成の枠組みを超え、勇猛果敢であり、人情俗情を超えた、家風峻厳な宗師家(しゅうしけ)でなければ、どうして修行僧の癒(いや)すことのできない病弊をな …
■初期仏教における「…であるありかた」としての法が、有部によって「…であるありかたが有る」と書き換えられたのである。「である」から「がある」へ、essentiaからexistentiaへと論理的に移っ …