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(67)絵具の赤とリンゴの赤、そして赤い光

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(67)絵具の赤とリンゴの赤、そして赤い光(240頁)

では、具体的にリンゴを描くとする。パレットに絵具を出す。そしてテーブルにリンゴのモデルがあって、眼前のキャンバスにリンゴを描こうとする。ここまでは誰でも同じ。アマチュアもプロの画家もセザンヌも絵具や筆を含めて異なる所はどこにもない。同じ道具を使って、同じ絵具で、特別の秘技を使うわけではなく同じような筆使いで描画して、何故それぞれの画面の美しさに大きな差が生まれるのだろう。

まず第一の問題は、絵具の赤が対象であるリンゴの赤に、完全に変換しきれない事だ。だから、絵具の具材が画面に残ってしまう。料理で言えば、生煮えなんだ。ジャガ芋でもごはんでも生煮えだと、統一された1つの料理になりきれない素材のまんまの部分が料理をまずくさせるのだ。絵具という材料が、リンゴに変わっていない。それが、技術をマスターして完全にリンゴに変わると、一応プロ並みの描写力があるという事になる。絵具の赤が、リンゴの表面にピタッと変換されて張りついている。

僕が画学生に絵を教えるとしたら、ここをまず一番に教えるだろう。まずは、一応はリンゴに変換する技術をマスターしなさいと第一段階で教える。絵具の材質が画面に残っていたら駄目だ。

アマチュアの人の絵を見たら、すぐに分る。絵具の具材が、画面に残っていて、生煮えというか、美しくない。画面の空間がデコボコして無秩序だという事と、具材が残っているという事が、見る人に下手な絵だと感じさせる大きな原因なのだ。

誰でも同じ絵具を使うわけ。セザンヌも、ピカソも、マチスも、素人も、僕も、皆同じ材料を使っているのだ。特別な材料は何もない。秘密も何もない。その絵具を、リンゴの赤に変える。これがまず第一段階。絵具の赤をリンゴの赤に変換しきる。変換しきると、リンゴにピタッと張り付く。赤がリンゴの表面にピタッと張り付いている。しかし、それだけでは駄目なのだ。

これからが、結論になるのだけれど…。リンゴに張り付いている赤が、ちょっと前面に浮いて、赤い光に変わった時に、絵が発光して「あぁ、美しいなぁ」と感じさせる。ただのリンゴを描いて、何故あんなにも美しいのか。それは絵具の赤が、リンゴならまずはリンゴに変換するのだけれど、さらに画面全体を光に変換してしまうからなのだ。物に張り付いて変換するのは上手い人の絵であるが、さらに「あぁ、美しい!」というような絵は、印象派の画家達の絵がそうであるように、美しい光があって、物に張り付いていないんだ。ルノアールやモネの絵をよく見ると僕の言っている事が分ると思う。物の輪郭がぼやけていて、ピントが前面にズレている。

名画は画面全体から幸せな美しい光が発光し、それを見る人は、世界存在の美しさと人生肯定の幸福感に満たされる。その光に癒されるから、人は芸術作品に感動し幸せになるのだ。

僕が過去の名画を見て、そう感じたように、僕もそう感じさせるような絵を描きたい。僕もそのように、見る人が幸福感に満たされるような絵を描きたい。

過去のすばらしい画家達に、生きることの喜びと、絵を描くことの幸せを、何度も注入され、励まされてここまで来たのだから。

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