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(56)現象学

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(56)現象学(199頁)

こういう事を考えたり、推論することは、非常に面白いし実際に役に立つ。僕は芸術とか美において他の絵描きと話す時に、推論とか方法論という言い方をよく使う。それは、こういう事なんだ。物事を推論して、ある真理なりあるものの形態を捕らえようとするときは、最初の設問というか命題の立て方が重要で、それがその後の努力の成果を決める。命題をしっかりとツボを外さず立てられれば、数学の証明のように、論理的自動的に答えは導かれる。つまり、命題に答えはあらかじめ含まれているのだ。

画家にとって、「美とは何か」という設問をすると、分りにくいし実際の描画の時に具体的にどうやるかが見えてこない。「◯◯とは何か」という事を考えるのを形而上学という。超越を考えると形而上学になる。しかし、現実の行動の方法としては、形而上学では駄目なのだ。「野球とは何か」をいくら考えても野球が上手くなるなるわけではないし、野球ゲームの名人が野球が上手いわけではない。だから、画家の方法としては形而上学では駄目だ。僕の六〇年の経験からいうと、画家にとって美にアプローチするのに最も役に立つ方法論は現象学である。現象学とはどういう事をするかというと、「何か」という設問はしない。美とは何かという設問をしない。

現象学は事象にアプローチするための方法論であって、現象学が何かを語っているわけではない。事象に対してどういう設問をするかというと、乱暴にいえば「何故」と問うのだ。「何故美しいと、僕が感じるんだろう「どういう所が、美しいと僕に感じさせるのだろう」というように、現象を扱うのであって、現象を超越するものを対象から外し、そういう設問はしない。

ガリレオは「近代科学の父」と呼ばれているが、彼が近代の物理科学の事象に対する方法論を確立したのだ。どういう方法をとったかというと、原因の原因と、結果の結果を切り離す。これがガリレオのとった科学の方法であり、現象学はその方法を精神や人間の分析に使用するのだ。そのような方法論を、僕の解釈では現象学という。

ガリレオの「落下の法則」では、物が落ちるその事を精密に分析する。しかし、「落ちるとは何か」を問わない。「落ちたらどうなるか」という事も問わない。

これを人間の出会う事象に当て嵌めると、左側に客観、右側に主観があるとすると、その中間に現象が立ち上がるのだけれど、その現象のみを扱うのだ。左に外側のもの(客観、物自体)があって、右に内なる主観(自我、意識)があって、その中間に、脳の中に写った現象がある。その両サイドを切り離して、中間の現象のみを扱う。客観の「物自体とは?」とか「在るのか無いのか?」とか、あるいは「自我とは何か?」とか「意識とは?」という事を切り離して考える。

切り離して考えるという事は、そのものの存在を否定する事ではない。立ち上がっている現象のみを扱い、その両サイドをエポケーする。スイッチを切れということだ。スイッチを切って、エポケーして、この現象だけをよく調べる。ガリレオが物理科学でとった方法と同じで「落ちるとは何か」は問わない。「落ちたらどうなるか」という事も問わない。物が落ちる、ただその事を、どういう事が起こっているかという事だけを仮説演繹法を使って精査して、ガリレオは「落体の法則」を見付けた。

この事象に対するアポローチの方法が、現象学的アプローチが、「美」に対する画家の重要な方法論になるのだ。

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