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(37)自分でわかった十進法

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(37)自分でわかった十進法(115頁)

僕は十進法を、子供のときにひとりでに理解した。それはいくつのときだったのだろう。

当時社宅は、家の中に風呂はなく、銭湯のような集合の浴場だった。毎日ではなくて、月・水・金と一日おきにあるんだ。僕が三才の時に弟が生まれて、その後だいたいは父親が僕を風呂に連れて行っていた。洗い場で僕の体を洗って、その後、父が自分の体を洗うわけだ。その間、僕を湯舟に入れておく。中の方ではもし倒れて溺れると危ないから、セメントでできた浴槽の縁を持って「10数えたら出てエー(いい)」と父に言われて数える。「1、2、3、4、5、・・・10」と数える。父がヒゲを剃ったりして手間どるときは「もう一回」「もう一回」と繰り返していたのだけれど、ある時「今日は20までカズエー(数えろ)」って言うんだ。10まで教わっているけれど、20は知らない。20までは知らないから、それは11、12、13、14・・・って言うんだよと父に教わって、詳しいことはおぼろげだけど、そうやって20まで数えた。

その時「あれっ?」っと思った。10に1で11、12、13・・・その次は20だから、21、22・・・になるなぁ。すると次は30だから…と、20までは教わったけれど30から上の数を、その時、突然僕が数え始めた。父はびっくりした。

「誰かにオセーテモロータンカ(教えてもらったのか)?」

と聞くから、うまく説明できないので口ごもっていると、「自分で分ったンカ(のか)」と聞く。「うん」と言うと、もう父は喜んでしまった。だから良く覚えているんだけれど、父は、喜ぶといってもその時は喜んだ様子を見せなかったけれど、帰ってから母に「おい!こいつはカシケーゾ(賢いぞ)」と言って二人で喜んでいる。それで、僕は嬉しいじゃあないか。両親の様子のゆえに。それで、その場面をよく覚えている。

つまり、そこでも構造が出てくるんだ。抽象的な数にも、ブロックをきっちりと積んだような美しい構造が、十進法という構造があるじゃないか。小学校で時計の六十進法をすぐに理解できたのも、そのときの経験から構造が良く分ったからだと思う。だから世界は構造があって、その構造を理解すれば世界をより正確に理解できる。

漁師の話で言ったように、目に見えない水面下の構造と魚の習性を知れば、それに応じた仕掛を作り、やっと魚が釣れる。そういう事を、子供の時の実体験の中から掴み取っていって、そのアプローチの方法を絵画に応用するようになったという事だ。

芸術(美術、音楽、文学)は受け手の場合は問題はないが、作る側に廻ると、普通はどうしたらいいのかわけが分らないじゃない。「絵」…ってどうするんだ?これ。今は、少しは分っているけれど。

僕が芸大を受験して、絵描きになろうと決断するときに、自信というか、僕にもできる、できそうだ、できるかもしれないという可能性、決して勝算がないわけではないと思ったのは、子供の時からさまざまな命題の解答を、自力で見つけてきた体験からきているわけだ。

高校2年生の時から美術クラブに入って、ちょっと上手くなったからといって、芸大に行こうというのは、無謀だけれども、僕にとっては無謀とは思わない。必ず行ける、と思っていた。

理数系の方法論をとっている絵描きは、めったにいないんだ。だから、僕は大丈夫と思った。皆んな、経験的な、ロマン主義的なアプローチだ。「何しろ一生懸命描け!」とか「よく見ろ!」とか、あるいは「自由に描け!」とか…。

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