岡野岬石の資料蔵

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(注3)高校転校の事

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(注3)高校転校の事(岡野岬石『芸術の杣径』178〜181頁)

 僕が幼少時の体験からできあがった世界観が現実の、僕と僕の家族の人生に大きな変化をもたらす事になった。

 玉野高校一年の夏休みの前に、同じクラスの佐々木君が父親の転勤で二学期に千葉に転校するというので、クラスで送別会をおこなった。佐々木君は玉小、玉中と同窓で高校も同じ、彼の父親も僕の父と同じ造船所に勤めていた。その親しい身近な友人の転校の話を知って、僕の心は激しく動き始めた。

 当時、造船所はタンカーの造船受注で好景気だった。船の大きさはどんどん大きくなるし、工法の違いもあるしで千葉県市原市の埋立て地に新しく千葉工場を造っているところだった。玉野工場からの転勤は社員みずから望み出てくれれば会社は渡りに船である。という事は、父が申し出さえすれば僕も東京の近くの千葉に転校できる。身近な友人の転校話が持ち上がって、俄に他人事だった話が現実味をおびてきた。

 終湯まぎわでガランとした社宅の浴場で、浴槽のふちに腰掛けて足だけ湯に浸け…僕は決断した。

 「千葉に行きたい…」「千葉に行こう!」

 その夜父に、「千葉に転勤の願いを出してくれ」と頼んだ。唐突な話だが、理由に、「千葉には千葉一高という進学校があるのでその高校に行きたい。転入試験を受けて頑張って入るから僕の将来のために親父の余生を賭けてくれ」と父に頼み込んだのだ。

 そのころの会社の定年の年令は五十才だったので、五十一の退職後の父はあと五五才まで嘱託で造船所に勤める事になっていた。貯金は無かったが退職金の一部の八〇万円で田井(地名)に土地を買い老後に備えていた。それが、突然息子がそう言ったからといって、「じゃあ、千葉に行ってみるか」なんて…珍しい親子だよネ。息子が息子なら、親父も親父だ。父の人生観は前に述べたが、父系にも母系にもファンキーな血が流れていて一家が現状にこだわりの少ない家風だったのだろう。

 転入試験といっても、どんな勉強をしていいか分らないので、夏休みに中学校の教科書で基本的な勉強をおさらいして転入試験に臨んだら、それがうまく当たった。千葉高の数学の転入試験の問題は、基本的な問題で三問しか出なかったのだ。それが、全問できたからか千葉高に転入する事ができた。

 当時は自分の気持ちを分析出来なかったが、今はうまく説明が付く。

 僕の世界観は、一人ひとりのすぐ横に可能的な時空がたくさんあって、その時空の一つを他の可能的時空と一緒に生きている、というものだ。例えれば、人生は電話帳のようなものだ。たまたま開いたページの人生を生きているが、同時に、ページを変えればそのページの人生が開けてくる。幸運も、不運も、死さえも、可能的時空のページを、「今」、「ここ」、のすぐ横に抱えながら生きている。…という事は、現実が絶対ではない。今、ここ、の生活はタマタマの事なのだ。ページを変えれば新しい時空が出現する。

 玉野高校に入学してすぐに僕はサッカ-部に入った。それは、当時テレビで『青年の樹』(石原慎太郎原作)という番組があって、そんな青春もいいなあ、という思いからだった。部員が少ないのと(当時は野球が全盛でサッカーはマイナーだった)もともと運動神経は良い方だったので、すぐにレギュラーになった。そして、高松に遠征しての他校との練習試合の後半に出場して、僕のせいで負けてしまった。初めての試合に、舞い上がってしまい状況判断がつかず走り廻ってスタミナ切れしてしまったのだ。試合後僕は泣いてしまった。

 翌日、僕は退部した。上級生から引き止められたけれど、もともと自分には向いていないのかなあとうすうす感じていた所だったので、決心は変わらない。

 部活はやめたけれど、人生は控えている。目下の行動を失ったら、急に自分の一生のストーリーが立ち上がって来る。このまま、ここで生きていけば、つまらない平凡な一生で終るだろう。今のページで生き続けるなら、僕の人生は決まってしまった。現実の人生とはこんなものなのか。こんな事の総体が人の一生なのか。

 僕がこんな状態のときに佐々木君の転校の話があったのだ。

 僕が、僕の新しいページを開き千葉でその後の人生を歩んだように、後々結局僕の家族も全員千葉に引っ越して来た。そして、僕の父の転勤願いのせいかどうか分らないが、佐々木君は父親の転勤が取り止めになり玉野高校に残った。

 (佐々木君は後に千葉の大学を卒業後、玉の造船所に就職し、玉の同級生の出世頭だそうだ)

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