岡野岬石の資料蔵

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『仏陀』増谷文雄 著 角川選書ー18

『ホフマンスタール詩集』川村二郎訳 岩波文庫

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『ホフマンスタール詩集』川村二郎訳 岩波文庫

■ 人生

陽は沈む 生の消え失せたうつろな日々に別れを告げて

陽は沈む 町を金色に染めながら 壮大に

多くのことを語り 多くの贈り物をした

一つの多彩な時代に 別れを告げたと同じように

そして金色の大気は 沈み去った日々の

蒼ざめたほのかな影をはこび行くかのよう

そして流れ過ぎるすべての刻(とき)を

輝きにひたされたさまざまな可能性の息吹が包みかくしている

冷えびえとした霧とわびしさのみちわたる

蒼ざめた広い園に朝がおとずれた

陽はのぼり 仲間たちが姿をあらわす

園の亭(ちん)から 生命(いのち)ある樹々の作ったアーチから

そして きらめきながら数を増し

わびしさから美を綴ったもろもろの思念(おもい)が

解き放たれて舞い狂う一群となってそそぎ出る

唇をあけ 常春藤(きづた)を髪にからませて

そしてものみなはわれらの前に生あるものとなる

風の中にはバッコスの巫女たちの吐息がただよい

暗い池からは銀色の手がさし招き

夢見心地の木の精たちは

あこがれにそっと身をふるわせながら ささやきつづける

あたたかい黄色の月 静かな輝き

今ははるかへ移ろい過ぎた 多くの美を含む

夜のふしぎな恵みについて きりもなく

しかしやがて われらは園から歩み出る

金色の潮のうえには 笛のひびきにみちあふれ

白い帆に風をはらんだ船が 待っている……

そして 華やかな緋と銀の喇叭をつらねた

広やかな階段の 大者にふさわしい儀容が……

そして名も高いギリシャの遊女たちが

鬱金の衣 淡紅の衣に身を装って

バルコンの格子にひしめいている

暗碧の波をすばやく滑りながら

金色の船は島へとむかう

船の前に浮びただよう笛の歌

そして 劇場の黒大理石のアーチを抜けて

華咲きみだれる道の上を

合唱隊が おごそかに歩みを進める

陶酔から悲劇を創りだした

バッコスと美神たちに呼びかけるため

影という影がゆらめく 松明の光の中で

悲劇は壮麗な終末を迎え

重く熟した緋色の思念を抱きながら

われわれは夜道を帰途につく

もろもろのものの形が 闇へ沈むにつれて

地上のすべても終わりを告げる

静かな波の律動にゆすられる眠りのように――

今は心おきなく歩みくるがよい 死よ(95~98頁)

【岡野注;ホフマンスタールはロマン派の詩人で、実在論者の私とはイズムを異にする。ロマン派は〈事〉を描こうとするが、上記の詩の内容を実在論者が〈物〉の描写で歌を詠めば「ひんがしの 野にかぎろひの立つみえて かえりみすれば 月かたぶきぬ」となる】

■印象が彼を襲った時はすでに表現となっていた……幻視はそのまま告知、秘密はそのまま形作られた啓示。そしてそのために彼は誰よりも激しく切実に、おそらく誰よりも誠実に苦しんだのだった。舌は滑らかで目はしもきくが、才能の乏しい同時代者たち、定められた職業上の義務や回避できぬ任務を遂行する者たちの誰よりも。ヴァーグナーとニーチェ以後の世代のうちで、おのが天才の宿命を、恐るべき明視でもって、感じ取ったばかりでなく、はっきりと認識した人、精神に対する罪を精神の恩寵として認識した人があるとすれば、それが若いホフマンスタールだった。(「ロリス」 フリードリッヒ・グンドルフ)(194頁)

■完全な夏の日の哀しみを、熟れた葡萄の哀しみを、「金色の朗らかさ」を――死に先立つその味わいを。ホフマンスタールは天才的な個人として、この過去の風土から、歴史の重圧を負い科学に魔力を剥奪され、経済の目標に向かって邁進し、時として信仰に荒れ狂うかと思えば、時には懐疑にのめりこみ痩せ細る、われわれの風土(このような総括は不充分と承知の上だが)へたどり着いている。(「ロリス」 フリードリッヒ・グンドルフ)(195頁)

■ホフマンスタールの幻視的世界認識は、その近代と多くかかわりを持たない。思い切って簡単に区別するなら、近代とは個への、近代以前とは全体への執着にほかならない。

の世界認識はいつも全体を相手取っている。(「解説」 川村二郎)(223頁)

■「チャンドス卿の手紙」は、直接詩について述べているわけではない。むしろ、十七世紀イギリスの文人貴族に仮託して、詩の書けなくなった詩人の苦悩を吐露しているような気味が、濃くにじみ出ていると読む人は読むだろう。さらには、「言葉が、ぼくの口中で腐った茸のように砕け散る」とか、「言葉がちりぢりばらばらにぼくの周囲を浮びただよう」とかいった文中の言い廻しを踏まえ、たまたま二十世紀の最初の年に書かれたということもあって、現代文学の最も深刻な問題性を予感し告知した記念すべきエッセイとして、この文章を評価することも、かなり常識化しているだろう。

「手紙」の書き手は、初め「世界全体を、一つの大いなる統一と観じていた」。そしてその直観を首尾相応した言葉で表現することができると信じていた。この信がゆらぎ、言語表現の真実性が根本から疑われるようになった、というのが、いかにも手紙全体の主題であるとも読める。しかし言葉を失ってからもチャンドス卿は、存在の一切を感受する恍惚を折にふれては経験するので、ただそれを表現し得るのは未知の言語のみだと感じているにすぎない。つまり存在の連関の神秘にふれる限りにおいては、この書き手は何も変化していないのであり、ホフマンスタールの詩の本質も、煎じつめればこの書き手の、変化を知らぬ感性に密着しているのである。(「解説」 川村二郎)(228~229頁)

【岡野注;ホフマンスタールはロマン派の詩人で、実在論者の私とはイズムを異にする。ロマン派は〈事〉を描こうとするが、実在論者はあくまで〈物〉の写生、描写に徹する。この本は、世界を〈内在〉と考えるロマン派の詩的表現と対比してリアリズムから印象派の表現を見ればクッキリと私の表現方法が炙りだされてくる】

2009年6月28日

-『仏陀』増谷文雄 著 角川選書ー18

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