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(25)自分の仕事のアナロジー

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(25)自分の仕事のアナロジー(82頁)

同じ魚に関わる職業に、色々な職業がある。漁師、仲買人、魚屋、スーパー、料理人、一般消費者、魚類学者、釣り道具メーカー、釣り道具店・・・造船所、船のエンジンのメーカー・・・とまだまだ限り無くある。自分の職業が、どういうアプローチで「魚に接するか」ということをはっきりと認識しないといけない。魚類学者が得るべき知識と、漁師が得る魚に対するアプローチとか、あるいは努力のベクトルというものは、各々全然違う。だから、自分のやろうとする仕事が、どういう職業で魚に接するかということを、早めに見極めないといけない。

言いたいのは、絵描きとは何かという事だ。芸術と魚とをアナロジーで類推すると、画家は漁師だ。芸術家というのは海の底を、海の水面下を見つめる。水面下は誰にも見えない。そういうなかで水面下から魚を釣り上げる。それも価値ある魚を。

そういう行為で類推すると、絵描きは何をやらなければいけないかという事が具体的に見えてくる。まず、どういう魚を釣るのかを決めなければならない。つまり、何が価値があるのか、美なのか表現なのか。

自分がどういう魚を釣るかを、まずは決めなければならないけれども、その前に、若い時に「僕は漁師になる」と決めたらどうするか。まずはやってみようと、船や漁具を買って、何も知らないけれどまあ根性でがんばってみようと、がむしゃらに船を漕ぎ出して行って…そうやって、経験だけで一生何とかしようと思ったら、これはちょっと無理だ。経験だけでは、価値ある魚の居る場所も、狙いをつけてその魚を釣り上げる仕掛けも考えることは、容易ではないだろう。肉眼では見えない水面下の地形や、魚の習性、漁法など多くの情報を得なければ、まず駄目だろう。

そういうわけで、僕は印象派やセザンヌ、ピカソ、マチスとか、過去の仕掛けというか、メソッドを分解して、じっくりと研究する。

そしてなおかつ、その魚の習性を知って、その魚のいる場所にいかなければならない。魚のいない所でどんなに釣ってもダメ。魚のいる場所を予想して、その場所の、さらに魚のいる地形も含めて、海面下の構造をしっかりと把握しなければならない。構造というものを無視して、せっかくそこにいるのに、魚の目の前でない所に、餌を置いても、無理。まずは必ず、水面下の構造を見る事だ。

水面下の構造を知り、魚の習性を知ったなら、その魚の目の前に、しっかりと自分の技術を投入する。技術というのは、釣り方の事だ。仕掛けや餌等をピシッと合わせて、初めて釣りが始まる。

まだ分らない。その魚が食いつくかどうか分らない。外道の魚が食いつくかもしれないし、その魚のアタリがあってもちゃんとアワセられるか、またバラさないできっちり取り込めるか。それから…という、こういう手順をふまなければ無理だ。どんなに絵を描く事が好きでも、経験だけで情報も何もなしに一生海を漕ぎ廻って、そのうちどこかで偶然何かが釣れるだろう、というのでは漁師にはなれないだろう。雑魚くらいは釣れるだろうけれど。

僕は、すぐに自分が漁師になろうと思う。僕がやってやろうと思う。しかし、漁師になるというと、画家ではない一般の人は普通こう考える。

何も自分が漁師にならなくても、よい漁業会社や、いい漁労長のいる船に、就職すればいいんだ。そうすれば自分が何も自己責任で判断する必要や、人生のリスクはない。漁労長の判断にまかせて、自分は使われればいいのだから。そこで修行を積んで、やがて独立する者もいるし、そのまま使われる者もいるし、その会社で出世を目指す者もいるし。

最初から自分が船を持って漁師になろうと思わなければ、別の道はあるわけだ。僕は、すぐに「自分で釣っちゃおう」と子供の時からの癖で思うのだけれど、会社に就職すればいいんだ。あるいは名漁労長の漁船の中に、乗組員で雇われればいいんだ。ほとんどの人は、そう考えるのではないだろうか。だから、就職することとか、会社の業績とかを考えて、自分が船を持って何とかしようとしない。

自分の力で魚を釣るために…つまり、こういう絵を描いてみたい、描ける筈だと思って、僕は美術史を見るのだから、そこでは、魚類学者の魚に対するアプローチとは方向が違うのだ。

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