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(29)セザンヌによる「空間の創造」

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(29)セザンヌによる「空間の創造」(92頁)

絵画の、空間というものについても同様の事が言えて、おおむね二つしかなかった。セザンヌの前までは、絵画空間とは、キャンバス上に3次元の対象を変換して移し変えるにあたって、二つしかなかった。

ひとつは、絵画空間というものを三次元の対象を三次元に置き換える。つまり遠近法と陰影を使って、三次元の対象を三次元の空間に変換していって秩序立てる。

もう一つは、浮世絵などのように、二次元で、平面的に対象を変換する。つまり三次元の対象を画面の二次元で秩序立てるという、この二つしかなかった。(もちろん、陰影のない、平塗りで画面を構成しても、二次元の画面にはならない)

もっとも、それ以外にも絵画空間はある。それは、下手くそな、あるいはでたらめな素人の人の絵は、秩序がないから、でこぼこしている。上手い人、一応レベルに達している人は、三次元か二次元かのそういう画面になっている。ところが、セザンヌの絵は全体は平面的だが、単純な平面ではない。カットグラスのような、昔ダイヤモンドガラスというガラスがあったが、そういう切子状の空間に似ている。

セザンヌの画面は、秩序だって美しく気持ちの良い空間になっていながら、三次元でも平面でもない。斜めの切込みが入った、その斜めの面の集積で全体を平面的に画面を構成している。

二拍子系と三拍子系、その組み合わせのリズムくらいしか無かったのに、近代音楽は、いろんなリズムを駆使する。そして二次元と三次元しか、いままで考えられなかった空間の秩序がまだあるぞという、「空間の秩序」というか、新しい空間は、まだまだ創造の余地があるぞという事に若い画家達が興奮したんだと思う。

では、セザンヌが意識化し完成する以前に、そのような空間がまったく無かったかといえば、そうではない。エル・グレコの空間も、雪舟の空間もセザンヌにそっくりの空間だ。(リズムといえば、エッシャーの空間も、地と図が反転したり、錯視を使って通常の三次元ではない空間で、非常に近代的だ)

雪舟の『山水長巻』『秋冬山水図』などは、視点と時間の移動が組み合わさって、おまけに物と空間が反転して、すばらしい空間だ。

美は、時間と空間を超えて、超越的に存在している証拠だろう。ちょうど音楽が、当時のアメリカでアフリカとヨーロッパが出会い、ジャズが誕生したように、世界中の色々な文化の交流で、今まで限界だと思われていた美の世界の地平が拡がっていったのだ。ジャズだけでなく、クラシックもストラビンスキーの『火の鳥』以降は、リズムが非常に複雑になった事は確かだ。

それにしても、他者の絵の評価が正当にできれば、それと比べて自分の絵も評価できるわけだから、いつもと同じ事をしていられないはず。つまり、ここに凄い奴がいて、その凄い奴が隣で絵を描いていたら、悔しくて、のんびりなどしていられない。

もしスポーツで、同じ競技をやっていて、とんでもない記録を出す選手がいて、一生かかってもその記録を抜けないと諦めたら、僕はもう趣味でやる、という事になる。絵を志していても、きっちりと評価できれば、それは自分にも降りかかってくるから、自分も近づき超えようと、あるいはそれを真似ようとするわけだ。

しかし、たいていの絵描きはそれが出来てないということは、きちんと評価していないんだと思う。僕自信、「凄い!」という絵を観たら、居ても立ってもいられなくなって「帰って絵を描かなくちゃ!」と焦りながらもワクワクするだろうと思う。

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