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山中湖村-4

投稿日:2025-12-15 更新日:

 

 

山中湖村-4デジタルフォトデータ

◾️2014-6-25 京都

 2014.6.27 【興聖寺(こうしょうじ)と智積院に】

 今週の山中湖行はお休み。京都宇治の、道元が宋から帰って入越前に開創した興聖寺(当時の興聖寺とは別)と、かってほぼ50年前芸大の古美術研究旅行で行った智積院で、長谷川等伯、久蔵父子の障壁画を観てきた。

智積院の『桜図』を描いた翌年、若くして急逝(26歳)した長谷川久蔵の作品を私が知っているのはこの1点のみで、印象に残っている画である。かって観た時は、庭園の前の部屋に直接展示してあったが、今は保存の関係で展示室に展覧、ラクガンのように胡粉で厚く盛り上げて描かれていた八重桜の花は、すべて剥落していた。

もちろん、障壁画はイーゼル絵画ではない。様式的に対象をとらえ、装飾的に表わす。でも作品から物感は色濃く漂う。その秘密の1つは画面を構成する雲型だろうが、その他研究の余地はある。芸術は奥が深い。いや、道元の世界観(全元論)を知ると、芸術(芸術だけではなくて全ての物や事にも)には底がない。

写真は『桜図』をネットで落としたものと、私が写した、興聖寺の下を流れる宇治川の上流の朝6時頃の写真。

◾️山中湖村2014-7-3 ホテル跡

 2014.7.03 【富士(109)、富士(110)】

 今週の山中湖行は、Ⅰ日(火)から今日(3日、木)までいた。梅雨はまだ明けず、着いた日も、翌日も富士は顔を出さず、今朝の早朝のワンチャンスを綱渡りのようにモノにした。

着いた日にM15号のキャンバスを2枚張って、予定していた6月19日に描いた(「富士-108」)「ホテルニュー山中湖」の跡地にイーゼルを立てる。アトリエの窓から5時半頃に、薄曇りながら富士が見えることを確認して出たのだが、そして現場に着いた時まで見えていたのだが、キャンバスをセッティングしている時にうすい雲に隠れる。朝もやのような雲なので、晴れていれば待てば消えるだろうけれど、今日のように梅雨空ではどうなるか予想もつかないので、このまま描かないで帰ることを含めてしばらく逡巡した。

しかし、富士が画面に入らなくても、その時には〈富士山麓風景〉として絵を描けばいいや、と決断、…「富士(101)」の写真まで描いたところで富士が顔を出す。モネは「積み藁」の連作を描く時には、何枚もキャンバスを用意して、光が変わるごとにキャンバスを替えた、その事を知っているので、すぐにもう1枚のキャンバスに替えて「富士(109)」を描く。それを描き終えてから、「富士(110)」の、途中までだったキャンバスをうめた。その時には、左上に富士の一部の山裾が画面に入ったので、この作品も、「富士」の通し番号の題名にする。

帰り道ではすでに富士は隠れ、結局その後1日中顔を見せず、いちだんと雪融けが進んだ山頂の姿も含め、一期一会のワンチャンスチャンスに立ち会って掴まえたと言うことになるだろう。天はキマエよくじゃぶじゃぶ恩寵をふりまいているが、その恩寵の有り難さは、日常生活に頽落していたのでは気付かない。「求めよさらば与えられん、探せよさらば見出さん、叩けよさらば開かれん」である。

富士(109)/M15号/油彩/2014年

富士(110)/M15号/油彩/2014年

◾️山中湖村2014-7-9 パノラマ台 調節池

 2014.7.09 【富士(111)、富士(112)】

 今週の山中湖行は、8日(火)から今日(10日、木)までいた。9日(水)久しぶりにパノラマ台でイーゼルを立てた(「富士(111)」)。今は緑一色で、枯れ色の中でポイントになった松の木の緑も埋没している。冠雪もすすみ先週までは尾根筋の黒い線だったのが、今週は谷筋の白い線になっている。画では、描き始めの白は、キャンバスの白を残して周りの暗い色で描いていくので、この時期の富士の山頂はちょっと面倒だ。おまけに、当日は最初に山頂の形をとったところで、薄い雲に隠れてしまった。さらに、デジカメも忘れてきたので、写真も撮れない。載せた写真の状態で描くのをやめ、アトリエに一旦戻る。天気がよければ翌日(今日)か、来週描けばいいやと思っていたら、朝食後雲が切れたので、いつもの調整池に山頂を中心にした絵(「富士(112」)を描きにでかける。見る方向もパノラマ台とほとんど変わらないので、アトリエで「富士(111)」の山頂部分を今描いてきた「富士(112)」を見ながら絵具をうめた。台風も近づいて、変わりやすい天気ながら、今回もワンチャンスをモノにしたのだ(ドーダ!)。

富士(111)/F12号/油彩/2014年

富士(112)/P8号/油彩/2014年

◾️山中湖村2014-7-16 パノラマ台 調節池

 2014.7.17 【富士(113)、富士(114)】

 今週の山中湖行は、15日(火)から今日(17日、木)までいた。16日(水)は先週に引き続いてパノラマ台に行く(富士113、S20号)。朝、来る前にアトリエで気付いていた残月が丁度画面に入る位置に下りてくる。スッキリと晴れた空でないと残月は目立たない、当日はおあつらえむきだったので、当然画面に入れる。翌日(今日、17日、木)早朝、調節池で、やはり残月を画面に入れた富士を描く(富士114、F8号)。

去年、御殿場で見たような夜明け前の満月を、ここでも見たいものだ。うまく山頂の真上にあればベストなのだが、さてどうなるか。今後、山中湖に行く前は月齢をパソコンでチェックを忘れないようにしなくては。​

富士(113)/S20号/油彩/2014年

富士(114)/F8号/油彩/2014年

◾️山中湖村2014-7-23 パノラマ台

 2014.7.24 【富士(115)】

 今週の山中湖行は、22日(火)から今日(24日、木)までいた。23日(水)は先週に引き続いてパノラマ台に行く(富士115、S15号)。ここは、左下の赤松の幹が近景の変化をつけるのでお気に入りのポイント。このポイントの下に近景の木が大きく入る場所があるので、来週描いてみようとおもう。

今年の冬は雪でイーゼルを立てる場所に苦労をしたが、夏は草薮で苦労をする。パノラマ台では大人の身長より高く伸びる茅が視界をさえぎるので道路沿いの数カ所しかイーゼルが立てられない。この場所でもそうだが、来週もいつもお気にいりのウエストバッグ(御殿場の『樹空の森』の売店で買った自衛隊の迷彩柄のバッグ)に入れてある剪定バサミの出番だろう。

写真では、描き終える頃(9時頃)にはやはり山頂は雲で隠れてしまった。

富士(115)/S15号/油彩/2014年

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