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(74)ゴーキーと等伯

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(74)ゴーキーと等伯(258頁)

明るい緑のパートを作る場合に三つの方法がある。一つ目は白と緑を混色して平塗りする。二つ目はキャンバスの白または白を塗っておいて透明色の緑を塗る。三つ目は白と緑を点描または線描する。僕の場合、今の所チタニウムホワイトと緑を混ぜて平塗りしている。

以前、一時期僕のバイブルだったマチスの『画家のノート』のなかで、透明色は使うなと言っている。マチスが一旦描いた絵具を拭いたのも、その理由からだし、透明色というのは、下の色がどうしても透過するわけだから、明度が減算していく。だから、「透明色を使った絵を描いていると、絵はうまくならない」というような事を書いている。

僕は最初は、その意味が分らなかったけれど、色々試行体験するとそういう事だったんだと実感する。僕は、透明色はもうほとんど使わない。使う場合も、キャンバスの白の上の1回塗りに限るか、大抵チタニウムホワイトを混ぜて不透明にして、それから使っている。

まず、画面のなかにまっ白がない絵も試してみて、僕の仮説が裏付けられたら、その後、ゴーキーの「縦の空間」を、成功するまで仮説演繹を繰り返して、うまくいったらいつか発表しようと思っている。ゴーキーの絵は美しいではないか。明るい緑を作る第4の方法、不透明色を塗り重ねて上のタッチの間から下の色が透けて見えるゴーキーの「縦の空間」、この技法をなんとかマスターしたい。マチスやピカソが使わなかった、「縦の空間」を画面に自在に取り込めるようになれば、僕の「美」の持ちタイムはまだまだ伸びるだろう。

長谷川等伯(1539~1667)の『松林図屏風』(6曲1双紙本墨画 東京国立博物館所蔵)の空間。あれは、僕にとっては不思議な空間なんだ。かなり分析して、何とかいけそうかなという具合になっている。

等伯の他の絵と比べて、あの『松林図屏風』はポツンと特異な、突出したいい作品である。もっと、あの手の作品を沢山の描けばよかったのに。1点だけだから、偶然だったのか意識的だったのか、僕にはよく分らないけれど、何しろすばらしい作品だ。あの空間は現象学的に随分と分析して、ちょっとしたヒントは既にある。

霧やかすみでぼやけている現実の風景を描いているのかと思うと、空間が違うのだ。そういう解釈では、あの空間の不思議さは出せない。そういう空間ではないと前から思っていたけれど、ではどんな空間かという事は分らなかった。

ところが、あるとき、これに似た空間を偶然に発見した。NHK教育テレビの将棋の番組のなかで、対局者の後ろは障子が閉まっているセットで、障子の外側に木があって、木のシルエットが障子に映っている。そのシルエットの映っている障子の空間が、等伯の『松林図屏風』にちょっと似ているのだ。平面的でありながら障子の上に影が映って、平面的でありながら近くの葉っぱと遠くの葉っぱはシルエットのぼけかたが違うから、ある程度遠近が暗示されていて、なおかつ見た目には非常に平面的な画面が映っている。よく似ているんだ。何か、ああいう空間ではないのかな。つまり、具体的な霧やかすみの空間としてあの絵をとらえると、かえってあのようには描けないのだ。

等伯の『松林図屏風』の場合、実体の空間ではなくて、その障子の影の空間に似ている。平面的でありながら遠近が暗示されているために三次元も感じられて、画面全体はあくまででも平面的である。それと、ゴーキーの絵の空間とが似ている。どちらも美しい。光があるし、空間の秩序もあるし、悔しいくらい美しい。

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