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(61)スペインで手にいれた写真

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(61)スペインで手にいれた写真(214頁)

これは、20数年前にスペインに行ったときに、買ってきたものです。僕はほとんど海外旅行に興味がないので、そのときに行ったフランスとスペインとその後にハワイの絵のオファーがあったときに行ったハワイと、外国に行ったのはその二回きりだ。その外国旅行で買った物で、いまだに忘れられなく手許にあるものは、この写真の束と手紙類だ。静物画のためのモチーフを買いに、マジョール広場の近くの骨董屋を捜し歩いているときに、こういうひとまとめの写真と手紙類があった。内戦や政変や経済構造の変化等で、高価な物や道具類、生活雑器からガラクタ類まで、何でもまとめて出てくるのだろう。その種の専門業者がいるから、手に入る。

そのなかにあったのが、この手紙。それを知り合いに日本語に訳してもらったら、ラブレターだった。1937年の、スペインのラブレターだ。写真のこの一家は、かって存在したし、今もこの人たちの関係者や子孫はどこかに生きている。しかし、何の関係もない、関係する確率がゼロに近い日本人の僕が、これを持っている。これって、「空間」の不思議ではないかなぁ。非常に不思議な感じがする。

この写真や手紙を見ていると、いつもの癖のデイドリームが始まる。こんなストーリーが浮かんできた。

冒頭のシーンは、二十歳前後の青年が海外旅行の荷造りをしている。これからスペインにギターの留学に行くらしい。パスポート、ギター、スペイン語の辞書等でそれが分る。そこに彼の父親が入ってきて言う。

「お前、一生懸命勉強して来いよ。じつは、せっかくお前がスペインに行くんだから…」

と、こういう写真などを見せる。

その父親はどういう人物かというと、昔、若い時に同じようにスペインにギターを習いに行った。同じように夢を抱いて行ったけれど、芽が出なくて日本に帰って来た。日本でも、ミュージシャンとしては食っていけず、今は地方都市で小さなスナックの店を持って、時たまギターを弾いたりして、ほとんど流行らない呑み屋をやっている。つまり、自分は夢が破れて、中年のしがないスナックのマスターなんだ。

その父親が、若き日の自分と同じようにスペインにギターの勉強に行く息子に向かって、こう言う。

「俺は今はしょぼくれているけれど、若い時はモテたんだよ。昔、スペインにいた時にじつは付き合っていた女性がいたんだ。俺が日本に帰るんで泣く泣く別れて来たけれど、スペインに行ったらまだこの住所に居るかもしれないから、時間があったら、訪ねてみてくれ」

そう言って、グリーティングカードや写真を見せるわけだ。息子とそんな話をしていたら、台所でそれを聞いていた女房と娘が口を挿む。

「また、お父さんのホラ話だ!」

 「あんた、子供は勉強するために行くのに、よけいな事を言わないでよ」

父親は苦笑しながら「じゃっ、まあ時間があったら…」とかなんとか、ムニャムニャ言いながら写真を渡して出て行き、そして息子はスペインに旅立つ。

スペインで、そんな事を忘れて過ごしていた息子は、探し物をしているときにポロッと、父親から渡された写真が出てきて、気紛れに行ってみることにした。その住所を捜しあてて、しばらくその家が見えるバルで様子を窺っていると、何とそこに写真の女性がいるんだ。

その子は若い。若くて写真に写っていた女性とそっくりだ。思わず、バルを飛び出して、その女性に話しかける。

「私は日本から来たのですが、あなたのお母さんか親戚の人で、昔、日本人と付き合っていた女性はいませんでしたか」

その女性は、「ちょっと待ってて」と言って、家の中に向かって大きな声で言う。

「おばあちゃん。見知らぬ日本人が聞きたい事があるんだって」

おばあさんが出てきて、写真を見せて事情を説明すると、おばあさんは不審そうに言う。

「この写真の女性は私の娘だけれども、日本人と付き合っていたなんて、そんな話、私は聞いた事もないわ…」

おばあさんの娘は、今は別の都市に独りで住んでいて、内戦で色々な事があって…でも、もし大事な事があるのなら…と、住所を教えて貰う。つまり、内戦のときの混乱で色んな事があり得たわけだ。

途中は略して結論だけど、色々調べてみると、結局父親の話は架空であったという事が分る。ホラ話だったけれど、その一連の過程がきっかけで、息子と孫娘との間に、父親の話と同じような事が起きる。

最初は親父のホラ話だったものが、今度は、ぐるっとメビウスの輪のように、ひと廻りして現実となっていく。父親は、スペインで芽は出ないし、生活苦等でしっかり勉強もできなくて止む無く帰国するが、帰る寸前に骨董屋でこういう物を買って写真の一家と架空の関係を作り、せめてもの自分の人生の矜持にしていたのだ。

それで親父は、ラブレターを見たり写真を見ながら、ストリーを作った。この女性が自分と付き合っていて、しかし止む無く別れてきたという事を、女房に話していたが、作り話だということは、女房は知っていた。

ところが、そのホラ話が今度は息子の代で現実になっていく。

昔、家族でぶどう園で撮った写真とか、マドリッドに出てきた時の父親の写真などがある。これ、家族の写真だ。本当にあったんだ。そしてこの家族や子孫は、今もどこかにいるんだ。それが、たまたま縁もゆかりも無い日本人の僕の手許に家族の写真や手紙があり、こうやって、ストーリーを作ると、こんな話になる…。

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