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(17)富は独占したら意味がない

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(17)富は独占したら意味がない(85頁)

結局、アメリカもロシアも中国もみな国柄が違うのである。日本は全員が底力があるから成り立っているのであって、アメリカのように個人の力ではできないことを、強引にやろうとしても難しいのだ。トランプもクリントンも、どっちが大統領になっても、あるいはもっと凄い人物が就任しても無理なのだ。大統領制でやろうとしても、個人の力ではどうにもならない。全体をうまくやって底辺にまかせても、自分は大きなところだけ舵を取るくらいとしても、大統領制では無理。

全体と部分が自己相似形で、その形が真・善・美に沿っていないと、体制は長くは続かない。世界存在の法と、全体と部分の形を一致させないと、事象は毀れるのだ。日本の歴史が、神武天皇の即位以来、2677年一国で存続し続けているのは、全体と部分の形の一致という、世界のなかで、特異で稀有な国柄のおかげなのだ。

ソ連の破綻も同様のことだった。どういうことかというと、フラクタルにしないと、世界がきっちりと回るのは無理なのだ。仮にトップ集団が全部を決めていこうとすると、すべての事項をぴっちりと決めないといけない。たとえば僕が絵の額を作るときに、後ろにビスをつけるが、ビスを修理したり付け替える時に、もし大きさのばらばらなビスを使っていたら、穴の大きさもばらばらになるから、後から合わなくなる。だから同じ物を使う。あるいは他のビスをを買ってきても、穴のサイズはどのメーカの製品も合っていなければならない。

そのように、全部がぴっちりと行くようにしようとすると、各々の部分部分ががきちんと正確にやってくれないといけない。中国で一つだけ団地を造ったがゴーストタウンになっている、というのはもう当たり前の結果である。マンションを一つだけ作っても、エレベーターはどうするのか。水も届かなければならない。トイレも機能しないといけない。住んでいる人たちの職場やそこへのアクセス手段も必要。すべてをきちんとやって初めて成り立つのである。

実際は2、3軒の人だけ住んでいて、水をもって上がっているという話も聞く。水道からゴミ回収からすべてが機能しないと生活できない。隅々までそうであって、いくら工場を造っても、ビス一本の納入が遅れたら生産ラインは止まってしまう。ビス1本の原料、生産、納入、それを使っての製品の組立、販売、使用、修理、廃棄処理まで、それだけでなく、道路も車も、働いている人も家庭も国も、すべてがうまく円滑に回らないといけない。この全部のことを、一部の支配層が計画して出来る訳がない。

そのように世界はなっている。世界の構造がそうなっているのに、自己の欲望で、自分だけ金持ちになろうとしても、世界中の富を独占したらその富は意味がない。子どもの頃のメンコと同じで、メンコの全部を僕だけ持っていても意味がない。パソコンも特別に凄いハードを一人だけで持っていても仕方ない。電話も一人だけ持っていても使えない。みんな持って初めて活用できるのだ。理想的、自発的共産制というか、そういう意味で日本はじつに素晴らしい。貧富の差も少ない。資本家と労働者とか、勝ち組と負け組とか、党幹部と党員と市民とか、そもそも分けることは本来の構造に反している。

絵も同様である。絵はオールオーバーで、ここが中心というのを作ってはいけない。すべてが同価値で、空も富士も湖も全部、どこにも穴がなくて同価値にすると美しくなる。世界はそうなっているのだから、描写すると絵もそうなる。僕がしているのでなく、世界がそうなっているのを僕は描写しているだけ、記述しているだけである。

作品で「古池やかわず飛び込む水の音」と言っているだけである。そこに芭蕉が入り、蛙も入り、天地一杯に時間も空間も現成するような作品になってくれたら理想的である。だから自分が入る余地がない。あるいはただ、天地一杯だと言っているのだ。

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