デジタルフォトデータ山中湖村-9(工事中)
「山中湖村だより」 2016.11.25【借家改修後のかたづけ】
今回の山中湖行は、11月23日から今日(11月25日)まで山中湖村にいた。前回の「山中湖だより」が9月2日だったから、約3ヵ月弱ぶりの山中湖だ。今回は、最初から、改修後の室内の後片付けで、絵を描くつもりはなかったので、天候は気にはならなかったのだが、昨日は大雪で、どっちにしても、家の中に閉じ込められていた。
山中湖に行けない間は、鵜原で描いて、外で描くフラストレーションは解消したのだが、来週から、また、富士山を描けることは、やはり嬉しい。おまけに、昨夜の大雪で、冠雪部分が下がり、美しさが増している。鵜原の描画から、ジュリアンボックスをアトリエ用にも揃えたので、「只管打描(しかんたびょう、禅宗の只管打坐からの私の造語)」の三昧境の日々である。
写真は、アトリエの窓から今朝撮ったもの。
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「山中湖村だより」 2016.12.02【富士(217)】
今回の山中湖行は、11月30日から今日(12月2日)まで山中湖村にいた。今回は、久しぶりの山中湖でのイーゼル画なので、なんとしても外で描きたいとおもっていた。12月1日は雨で、家で去年描いた洋梨の絵に手を入れて過ごし、夕方から晴れ間が出て、富士も顔を出し、夜も星が出ていたので、今朝は5時に起床していつもの調節池に「紅富士」をねらって出かけた。 先週の雪と、前日の雨(山頂は雪だったろう)で山頂の冠雪は広くて白く、今年のこの時期の富士山は美しい。
寒さと、風と、朝陽を遮る雲などの、天候の条件はベストで、おまけに、家でパレットに絵具を出しておいたので、落ちついて、短時間に変化の激しい紅富士の、大きな自然のシンフォニーに堪能した。紅富士ももう何点か描いているので、色や調子に混乱することなく筆がサバけて、三昧境、極楽極楽、ああ楽しかった。
6時15分頃から7時半頃まで現場で過ごし、お昼頃山中湖の借家を出た。
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富士(217)/P20号/油彩/2017年 |
「山中湖村だより」 2016.12.09【橋のある風景、富士(218)】
今回の山中湖行は、12月6日から今日(12月9日)まで山中湖村にいた。
今回は、平野浜を描く心づもりをしていたので、7日の朝7時26分一の橋バス停発の「道志小学校」行きのバスで平野に行く。天気は、雲海の下の様子の曇り空で富士山は見えないが、雲海は、朝だけで、陽が上ればそのうち晴れるだろうと予想して、いつもの場所でイーゼルをセットした。一旦セットしたが、雲の様子はなかなかとれそうもないので、富士山を描くのは諦め、すぐ近くの山中湖にそそぐ小川(石割山が水源の「一ノ砂川」)のほとりにイーゼルを移した。
富士山にばかり気が取られ、方向違いのこの景色を見逃していた。富士が見えないので、急遽この時出遇ったことは、とんだ拾い物だ。水面の空の写り込みや、小さな橋や、川面から少し出ていた川霧など、変化に富んだ、いいポイントで、今回は、事前のロケハン無しの、「掘り出し物」だった。富士山が雲に隠れた時の、キープだけでなく、今後、四季折々に何点か描いてみよう。
描き終えるころ、ようやく晴れてきて、富士山も顔を出したが、以前なら、合せて持っていったもう1枚のキャンバスに手をつけるのだが、最近は、1枚描くともう余力がない。2010年に東伊豆にアトリエを借りた時は、一日に4枚描いた時もあったのに、さすがに、古希を過ぎると齢のせいか。
左端の、建物は公衆トイレなので画面から外し、実際に瞬間飛び出した野鳥の群と、描き終わって少し出てきた青空は、記憶でアトリエで描き足した。
翌日(8日)は朝から快晴、この日も、前日と同じ、パターンで平野浜へ行く。一旦荷物を置き、前日描いたポイントへ、晴れた空の下の様子を写真に撮る。そして、ふり返って、富士山を見ると、一ノ砂川の川口の浅い水面に富士山が写っているではないか。広い湖面全体の逆さ富士は、水面の波の関係で滅多に見られないが、ここでは、頻度が高く見られるだろう。これも、前日の幸運の続きである。
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橋のある風景/P15号/油彩/2017年 |
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富士(218)/P15号/油彩/2017年 |
「山中湖村だより」 2016.12.16【山中湖朝陽】
今回の山中湖行は、12月14日から今日(12月16日)まで山中湖村にいた。
山中湖では、朝陽を画面に入れるのは、富士山と反対側の向きなので、先々週下見をしておいた、湖畔の重郎渕で日の出前にイーゼルをセットした。
いや……凄かった。ほぼ、真横からの光りで、立てたキャンバスの裏から光りと木枠の影が画面に映り描きにくいので、かなり変則の向きに角度を変えた。そして、稜線から太陽が完全に顔を出すと真横からの太陽の光りと、湖の波に反射する光が私の全空間を充たした。光が直接裸眼に射し込むと、まぶしくて、対象の映像が白く飛んでしまう。それを、そのまま、描いていく。対象の物ではなく、変化の早い光の描写なので、いつもより短時間に描き終える。
林の日の出と違って、画面の下半分も、波にあたった太陽の反射の光源になるので、画面の前後、左右、奥行、画面から画家の目、そして画家の立ち位置の後ろの空間まで、オールオーバーに光の粒が充満している。ああ、これが描けたらなあ。…描けるはずだ、…描くのだ。
やってやろうじゃないの、私にまかせなさい!!
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湖朝陽/P12号/油彩/2017年 |
「山中湖村だより」 2016.12.24【冬木立朝陽】
今回の山中湖行は、12月21日から今日(12月24日)まで山中湖村にいた。
22日は朝曇り昼から雨、23日は朝から快晴。このところ、画面に太陽を入れることに、凝っているので、22日の午前中、太陽の位置を下見をしておいた近くの、落葉松(カラマツ)や樅(モミ)の雑木林にイーゼルを立てる。夏に描いた雑木林は、昇る太陽の位置が違うので、今回初めてのポイントだ。
日の出の、少し前からスタンバイして、描き始めていたが、先週の湖の朝陽と同じく、ほぼ水平方向から、網膜に直接光が射し込んでくると、まぶしくて調子(明暗の階調)が飛んでしまうし、固有色もつぶれてしまう。
この、状景を写真から絵にしたのでは、全く別のものになるだろう。ワン絞り、ワン視点、で物の大きさと、明暗が全く肉眼と異なっている。光が眼に入ると、視界全体は、眩しくて、白っぽくなるのに、写真では周りが真っ黒につぶれて、全体はむしろ暗くなる。こんなことも、現場で描かなければ気付かない。イーゼル絵画は面白いね。今年も随分描いてきたが、来年も描くべきことがいっぱいあって、老人の、無常感に浸っている暇はない。
ちょうど、行帰りに読んでいる、道元の本の中に、グッとくる文章かあった。
松風がより高く鳴り響く夏の末の宵、秋の初めのころ、
竹も響き、竹葉の露もしきりに落ちて物寂しい暁の時分、移ろいゆく気配に無常を感じて涙が頬を伝う、
そのようなときであるからこそ、松風・竹響の見聞声色(けんもんしょうしき)にとらわれず、心を発動せねばならなぬ。
誰が、古仏の辿った仏祖道を忘れ、初秋のもの悲しき無常世界に身をゆだねていられよう。(『道元「永平広録 真賛・自賛・偈頌」大谷哲夫全訳注 講談社学術文庫、204~205頁)
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雑木林朝陽/P15号/油彩/2017年 |
「山中湖村だより」 2016.12.29【冬木立朝陽(2)】
今回の山中湖行は、12月27日から今日(12月29日)まで山中湖村にいた。
今回の山中湖行は、今年最後の現場で描ける機会なのだが、私でも、やはり年末のあわただしい感じに影響されて落ちつかないので、先週と同じ場所で、P8号のキャンバスで軽く仕事納めにした。
年末は柏のアトリエで完成作品のダン箱作り。それが終わったら、三栖さんから回ってきた、4本の2m×2mの木枠の2本目の(1本目は去年使った)キャンバス張りだ。
イーゼル画用の大きさの木枠も注文したし、さて、来年はどんな絵が出来るだろうか。抽象画のアイデアもあるし、半具象の作品も描きたいし、「初秋のもの悲しき無常世界に身をゆだねていられよう」(道元)、だ。
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雑木林朝陽/P8号/油彩/2017年 |
「山中湖村だより」 2017.01.10【富士(219)、富士(220)、湖畔の朝陽(霧)、富士(221)】
新年の山中湖行は、3日から今日(10日)まで山中湖村で過ごした。5日は今年初めての富士を描こうと調節池でイーゼルを立てた。快晴で、光も安定していて、落ちついて、筆を走らせた。『富士(219)』(P15号)は、現場の描画で空間もバルールもほとんど破綻なく画面を埋めることができた。これは、私にとって待ちに待った嬉しい出来事で、画面がここまで出来ると、持ち帰って、アトリエでの暗紫(ウルトラマリンブルー+モーブ)色のハッチングと薄めたチタニウムホワイトの全面塗布の2工程を省くことができる。この、絵画空間とバルールの地ならし作業は、言わば必要悪で、基礎の地面をブルドーザーで平らにしないと、上の構造物がキッチリと建ち上がらない。しかし、絵具の発色は、白いキャンバスの上の、最小限の塗り重ねが、ベストである。この、2工程を省いて『富士(219)』を完成することができれば、今後の私の完成へのスキルは、確実にアップするだろう。
描き終えて、帰りに(行きは早く現場に立ちたいので落ちつかない)、山神社に初詣(チャンとお賽銭ははずむ)をして、帰る。
翌日(6日)は調節池の周辺の、やはり何度も描いた場所に、初めての冬枯れの木立と白い冠雪の富士をSの15号で描く。これも、前日の絵と同じく、2工程を省こうと思う。
晴天が続くので、7日は、S8号とP8号のキャンバスを持って、7時40分発の月江寺行きのバスで忍野で描くつもりで、バス停に立つと、当のバスは土日運休。ちょうど、山中湖に朝霧がかかっていて、朝陽が大きく霧に乱反射しているので、予定を変更して、バス停の近くで、急いでイーゼルを立てる。霧はアッというまに晴れて、光が変わり、実質描いたのは30分位か。天気もいいので、次のふじっこ号で忍野に向かい、やはり、忍野では初めての冠雪の富士を描く。最初の予定では、S8号で描くつもりだったが。S8号は『霧の朝陽』の絵で使ってしまったので、合せて持っていったP8号で描く。即断即決の、慌ただしい作画だったが、どんな、状況にも対応できる描画のスキルに自信を持った。ダテに齢をとってはいないヨ。
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富士(219)/P15号/油彩/2017年 |
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富士(220)/S15号/油彩/2017年 |
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山中湖朝陽(霧)/S8号/油彩/2017年 |
「山中湖村だより」 2017.01.20【富士(222)、富士(223)】
新年2度目の山中湖行は、17日から今日(20日)まで山中湖村で過ごした。18日は、小品(『富士(222』、F5号)で富士を描こうと調節池でイーゼルを立てた。いつ降ったのか山中湖では、道路は凍結しているし、調節池の周囲はかなりの積雪で、ビューポイントまでの道は誰の足跡もないので歩きにくく疲れる。
透視図法でいえば、小品での風景画は、画面の設定がイーゼル上のキャンバスのある位置と違うので(つまり対象に近く、ズームアップしている)、画家の立ち位置が暗示しにくい。画面上のタッチが、現場の画家の裸眼の内でおきているのだという、行為の証拠を、残していかないと、完成作は図的に、工芸的に見える恐れがある。イーゼル画で大きなサイズの作品を描くのは難しいが、小さなサイズの作品を描くのも同じように難しく、様々のハードルを乗り越える工夫が必要なのだ。
楽しいね、齢をとっても現場でイーゼルを立てれば、元気いっぱい、筆が走るのだよ。
当日は、現場にデジカメを入れたポーチを忘れたので、現場での写真は撮れず。翌日は、快晴の前日とは一変、高曇りの白い空の富士を、同じ場所で、やはり同じ大きさのキャンバス(『富士(223』、F5号)で描く。前日の雪の上の自分の足跡を踏んで歩くので、前日よりも楽だ。これも、なんだか暗示的だなあ。
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富士(222)/F5号/油彩/2017年 |
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富士(223)/F5号/油彩/2017年 |
「山中湖村だより」 2017.01.27【富士(224)、山中湖朝陽】
一月最後の山中湖行は、24日から今日(27日)まで山中湖村で過ごした。25日は、太陽が富士の稜線に落ちる直前の情景をねらって、調節池でP4号のキャンバスでイーゼルを立てた。この時期の富士山は、一日中姿を現わしていることが多いので、午後からでも描きに出かけられる。デジカメをポーチに入れ忘れたので、現場での写真は撮れず。
26日は、昨年の12月16日に描いた、山中湖の昇陽を描きに、重郎渕に行く。湖畔の道路から、湖畔までの道はかなりの積雪で、岸ぎりぎりの場所まで行くのは諦め、イーゼルを立てる。小品(F4号)なのと、太陽の光が直接眼に入ると、対象の調子が飛んでしまうので、色や調子の種類が少なく、描画はあっと言う間に終わった。先週の小品から、今回の小品にかけて、描画の方法に気付くところがあって、試行している。近々、画中日記に書いて投稿します。
山中湖は、寒さが厳しいけれど、先人の画家や、道元の山居(さんご)に比べれば、暮し易さは比較にならないだろう。そんな軟弱な生活振りで、修行というのも恥ずかしいが、山中湖と柏と行き来できることは、有難いことだ。古希を過ぎた老画家を、修証一等の修行の場に、今だに立たせてくれているのだから。
わが住処(すみか)は、たった三間四方のまことに粗末な茅屋だが、秋の清々(すがすが)しい気配に満たされ
あたりには鼻をだましようもない秋菊の香りが漂っている
身体は衰えたといっても、鉄の眼、銅でできている鋭く堅固な道心は衰えはしない
ここ越州の永平寺で九回目の重陽(ちょうよう)の節句を迎えようとも。
(道元「永平広録 真賛・自賛・偈頌」全訳注大谷哲夫 講談社学術文庫、306頁)
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富士(224)/P4号/油彩/2017年 |
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湖畔昇陽/F4号/油彩/2017年 |






































