岡野岬石の資料蔵

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山中湖村-2

投稿日:2025-11-28 更新日:

 

山中湖村-2デジタルフォトデータ

◾️山中湖村2014-1-29 パノラマ台

 2014.1.30 【富士(91)】

今週の山中湖行は、昨日(29日)朝食後先週と同じパノラマ台で、駐車場から少し下った場所でイーゼルを立てた(『富士(91)』/F15号縦)。寒さ対策は万全にしていったが、この日は風もなく陽が射して気温がグングン上がり厚手のダウンジャケットのファスナーを開けないと汗ばむくらいだ。山頂の冠雪は、雪の降った後が一番美しく、暖かい晴天が続くと尾根筋の雪が融け、黒いシワ状の筋がでて、現場ではどうしてもそれを眼が追ってしまうのでディテールが煩雑になって描きにくい。富士の冠雪の白と枯れた茅原のライトオーカー、湖面のブルーの組合わせのある間に、あと何度かここに通うことになるだろう。描き終わって、少し周りを歩くと、この場所のすぐ下に松の木があり、近景に緑のパートが入るので、来週はそこにイーゼルを立てようとおもうが、狭いポイントなので、茅を少し刈らなければならないだろう。キャンバスはF20号を今朝張って用意した。今日、山中湖では雨だったが、富士山頂が雪だったら来週が楽しみだ。

富士(91)/F15号/油彩/2014年

◾️山中湖村2014-2-05 調節池

 2014.2.05 【富士(92)】

今週の山中湖行は、予定では昨日(4日)朝食後パノラマ台に出かけようと思っていたのだが、3日の雪で道路が渋滞らしく、タクシーを呼んでもいつ迎えに行けるか予定が分からないとのことで諦め、近くの調整池のダムの上まで歩いて行きイーゼルを立てた。ここにイーゼルを立てるのはは3度目だが今回は昼間なので、誰かが通報したらしく、車で来た村役場の職員に下の道路から注意され、描き終わるまで30分を残して片付けるハメになってしまった。杓子定規で融通の利かない村役場の職員にはムカッときたが争わず、次回からはもう1ヶ所見付けておいた林の端にイーゼルを立てようとおもう。

以前の私なら、こういう時には怒りがなかなか治まらず、相手の言い分を論破して、自分の行動の正当性を主張していたのだが、最近は道元をはじめ、仏教関係の本にハマッているので、人との関係も争わず、「犀の角のようにただ独り歩め」を心掛けている。心掛けてはいるが、修行が浅いので、心は治まらない。まあ、それだけ気が若いということで我慢しよう。

富士(92)/F15号/油彩/2014年

◾️山中湖村2014-2-26 アトリエ

 2014.2.27 【大雪】

今週の山中湖行は、行った日の午後雪かきをして、翌日(26日)は外に描きに行こうとおもっていたのだが、着いてみると予想をはるかに超えた雪の量で、雪かきで2日間つぶれてしまった。先週、行くのを断念したのだが、結果は正解で、借家にたどり着くのも大へんだが、たどり着いてもこんどは閉じ込められたかもしれない。

おまけに、冬、借家を数日使わないときは、水まわりの凍結防止のため、完全に水抜きをしてから家を出るのだが、外の水道管の凍結止めのヒーターのコードが、コンセントの上まで雪が積もってソケットからはずれ、お湯系統の配管と蛇口が凍結でパンクして使えず、絵を描くどころではなかった。さいわい、大家さんが近くに住んでいて、おまけに水道工事の会社をやっているので、翌日の午前中には全て直してもらったが、思い掛けないトラブルだった。ヒーターのコンセントが外れても、水抜きが完全ならば数カ所のパンクは起こらなかっただろうから、材料費の実費はこちらが持つことにした。

しかし、地元の人も見たことのない大雪の傷口を、あっという間に平常に戻してしまう日本人の世界観,人生観は素晴しく、外国人から見るとうらやましく不思議だろう。現在の都会では、ライフラインはトラブルがないのが当たりまえだが、重機もなく行政も救いの手を差しのべる力のない(村道はすべて除雪してあった)時代に、人力と共同体の助け合いでいつのまにか復旧していく歴史をもった(富士山の宝永火山のスコリアを人力で取り除き、農地を立て直す、等々)働き者の日本人のモラルの高さは驚くべきものだ。だって、地震、津波、毎年の台風、原爆を2度も落され、日本中の各都市を一般市民ごと爆撃空襲され、無政府状態の戦後でも、掠奪、暴動などの火事場泥棒的な行為を考えもしないで、黙々とやっつけ仕事をせずに働くんだよ。「フーテンの寅」のような人物や生き方をもてはやすようなかっての時代の風潮は、私の父親(実存主義から超越的実在論者に変わった私にも)には決して理解容認できなかったであろう。

◾️山中湖村2014-3-12 パノラマ台

 2014.3.13 【富士(93)】

今週の山中湖行は、昨日(12日)やっと4週間ぶりに外光の中にキャンバスを立てた。以前からねらっていた、松の木を入れて縦構図で富士を描くポイントは、先日来の積雪で入れず、やむなくすぐ横のカメラマンの踏み跡のイーゼルが立つギリギリの場所をやっと確保。F20号のキャンバスを用意していたのだが、この位置からだと松の木と山中湖を画面に入れるのが苦しいので、キャンバスを横位置に変更して描きはじめた。

この日は、風も穏やかな暖かい春の陽気で、富士も白く霞んでいる。雲に隠れず山容の全体が紗のかかったように霞む富士山を見るのは初めてで、うれしくなってしまった。長く外で描けなかったので、この数時間はまさに「干天の慈雨」であった。

この場所からもう少し左に寄れれば、縦構図で松の木の根元から、富士山と山中湖を入れた絵が描けそうなので、天気が良ければ来週にでもイーゼルを立てようとおもう。

富士(93)/F20号/油彩/2014年

◾️山中湖村2014-3-27 伐採地 ホテル下

 2014.3.27 【「富士(94)、(95)、(96)、(97)、(98)」】

 今週は、先週都合により行けなかったので、23日(日曜日)より今日(27日、木)まで山中湖に居た。日、月、火の三日間は快晴で、おまけに着いた日の午後から試しに6号のキャンバスを2点持って描きにいった、富士山の真上に太陽のある光景が、山頂の全面の雪の反射が美しくて、毎日1点、都合3点も描いてしまった(富士(95)、(96)、(98))。

山中湖はダイヤモンド富士が有名だが、太陽が後にあると前面の山は明度差がありすぎてシルエットになり、どうも不満だ。空や、太陽の方が主役になって前面の風景の物感が薄れるのだ。それを克服するアイデアを初日の午後、6号の縦構図で描いている時(「富士(95)」)に出遇い、おもいついた。実際の太陽と山塊の距離を画面上で縮めるのだ。これで、夕日や、山中湖では見えないが将来朝日が入った富士が描けるかもしれない。

翌日の24日は午前中自転車でロケハン、山中湖を1周した。途中、自転車を置いて山の上のホテルまで歩いて登り途中で1箇所、湖畔で2箇所、ビューポイントに出遇った。戻ってから、借家の裏の伐採地に太陽が山頂の真上にある時間に(午後3時ころ)イーゼルを立てる(「富士(96)」)。

25日は朝食後、前日見つけておいたホテル下のビューポイントにイーゼルを立て(「富士(97)」)、午後からキャンバスを張って調整池に描きに出かける(「富士(98)」)。こんなに頑張るのも、山頂の真上の太陽の光線に反射する、今年の厚い雪が消えないうちに描かなくてはもう2度と出遇えないおそれがあるからだ。チャンスの神様は後頭部はハゲている(ダ・ヴィンチの言葉)から、出遇った時に前髪を摑まないと後から追いかけても摑かまえ所がなくて逃がしてしまう。写真や資料から描くのと違って、イーゼル絵画は1点1点がこの世に2度と現成しない一期一会の幸運なのだから。

富士(95)/F6号/油彩/2014年

富士(98)/F12号/油彩/2014年

富士(96)/F15号/油彩/2014年

富士(97)/F12号/油彩/2014年

◾️山中湖村2014-4-2 伐採地

 2014.4.03 【「富士(87)」】

 今週は、着いた日だけ冨士が見えたが、昨日は曇り、今日は雨。昨日は終日、今年の1月6日にパノラマ台で描いた「冨士(87)/M30号」に手を加え、ほぼ完成させた。明日、最後のチェックを入れて、近作横型のページにアップします。

写真は着いた日の夕方、裏の伐採地からの夕日の風景写真を載せます。将来、富士山の西側に引っ越しをして、朝日と富士山を同一画面に入れた風景を描こうとおもっているのだが、いくつかクリヤーすべきハードルがあるので、ここ山中湖の夕日でトレーニングしておかなければ。先週の、山頂の真上の太陽の絵はうまくいきそうなので、今度は、夕日あるいは夕焼けと富士山の絵にトライしようとおもう。

冨士(87)/M30号/油彩/2014年

◾️山中湖村2014-4-9 調節池 忍野村 御殿場線

 2014.4.10 【「富士(99)」、(100)】

 今週は、着いた日の午後3時頃から5時頃まで調整池で日没前の冨士をM8号で2点描いた。この時間の富士山と陽の落ちる直前のイエローオレンジ色の空を組み合わせば、冨士が真逆光によってシルエットになり、明暗の調子がつぶれてしまうのをふせげるのではないなるのではないかという仮説の実験検証である。

光源を画面の空間の最奥に入れると前にある物は全て逆光になるので、写真家はレフやフラッシュの光線を使って対象の光量不足を補うのだが、遠景の富士のようなモチーフは人工的な補助光線は使えない。さて、画家ならばどうするか……。

画の上で、このような命題が立ち上がると、ワクワクして嬉しくなる。「ゴルディアスの結び目」は解くのを諦めたり、結び目を切っては日本人の仏教的世界観に抵触する。どんなに解くのが困難でもひとつひとつ解いていくしかないし、また少しづつ結び目がほぐれていくことは大きな喜びである。こんな時、老いた私の脳のなかにもドーパミンがドバドバ出ていることだろうネ。

富士(99)/M8号/油彩/2014年

富士(100)/M8号/油彩/2014年

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