岡野岬石の資料蔵

岡野岬石の作品とテキスト等の情報ボックスとしてブログ形式で随時発信します。

『仏陀』増谷文雄 著 角川選書ー18

『旅する巨人』 佐野眞一著 文春文庫

投稿日:

『旅する巨人』 佐野眞一著 文春文庫

■「小さいときに美しい思い出をたくさんつくっておくことだ。それが生きる力になる。学校を出てどこかへ勤めるようになると、もうこんなに歩いたり遊んだりできなくなる。いそがしく働いてひといきいれるとき、ふっと、青い空や夕日のあって山が心にうかんでくると、それが元気を出させるもとになる」(57~58頁)

■いくつもの文章や歌が宮本の心をうったが、とりわけ慰めをおぼえたのは、松尾芭蕉の「奥の細道」とファーブルの「昆虫記」だった。

〈……遥かな生末をかかえて、斯かる病覚束なしといへど、羈旅(きりょ)辺土の行脚、捨身無常の観念、道路にしなば、是天の命なりと、気力聊(いささか)とり直し、路縦横に踏で、伊達の大木戸をこす……〉

旅に生き旅に死んだ芭蕉に、宮本は強い感動と憧れをもった。もし万が一、生を得ることができたなら、芭蕉のように生きてみたい。寝返りひととできない身体で、宮本は切実にそう思った。

1日百ページと決めて読んだ「昆虫記」で心うたれたのは、驚異に値する昆虫の世界ではなく、その昆虫をじっと観察するファーブルの老いた孤独な姿だった。(62頁)

■平山は民族調査の旅に同行したことがある。平山はそのつど、宮本の聞きとりのうまさにうならされた。

「田んぼのあぜ道を歩きながら、野良仕事をしている人に気安く声をかける。『ようできてますなあ。草はどれくらいいれましたか』と宮本さんがいうと、のらしごとをしていた人が手を休め『まあ、一服するか』とこっちへやってくる。

あとのやりとりは、蚕に糸を吐かせるように実にみごとなものでした。まったく無駄なく話がつづいていく。宮本さんは学校の先生をやりながら、学校休みには島に帰って百姓仕事を手伝っていた。それだけに、相手も宮本さんを、民俗学者でなく、同じ百姓仲間として扱ってくれた。あんな聞きとりのうまい人はあとにも先にもみたことがありません」(67~68頁)

2009年5月10日

-『仏陀』増谷文雄 著 角川選書ー18

執筆者:

関連記事

no image

『腕一本・巴里の横顔』藤田嗣治より

■お若いからこれから先遊んでおいでの時間もたんまりおありだが、私みたいな年寄りは遊んでる時間に月日をとられては、もう生きてる時間がなくなる。誘わないで下さい。お相手しないのはその為です。(243㌻) …

no image

『カオス・シチリア物語』ルイジ・ピランデッロ 白水社

『カオス・シチリア物語』ルイジ・ピランデッロ 白水社 ■かわいそうなベッルーカが収容された保護施設に向う道すがら、私はひとりで考え続けました。 「ベッルーカのようにこれまで『ありえない』人生を送ってき …

no image

ニーチェの言葉

■将来と、最も遠い物とが、君の今日の原因である。君の友の内にいる超人を、君は君の原因として愛すべきである。(ニーチェ) 2006年1月23日

no image

ヤスオ・クニヨシ 祖国喪失と望郷 村木明

■ 1925年第一回の渡欧でヨーロッパ近代絵画から大きな刺激を受け、1928年の第二回渡欧でユトリロやスーチンの作品に深い感銘を受けた国吉は、やがて第二期に向う新しい傾向を見せはじめた。1922年にパ …

no image

『釈尊のさとり』 増谷文雄著 講談社学術文庫

『釈尊のさとり』 増谷文雄著 講談社学術文庫  識 語 ■この小さな著作をよんでくださる方々に、まず3つのことを申しあげておきたいと思います。 その第一には、釈尊の「さとり」は直観であるということであ …