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『仏陀』増谷文雄 著 角川選書ー18

『先を読む頭脳』 羽生善治 伊藤毅志 松原仁著 新潮文庫

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『先を読む頭脳』 羽生善治 伊藤毅志 松原仁著 新潮文庫

■人間はコンピューターのように高速に大量な情報を正確に扱うことは苦手ですが、状況に応じて臨機応変に対応したり、正確でなくても的確な判断を直観的に下したり、経験的な知識を用いて常識的に考えることなどには長けています。

この二つの研究の違いは「鳥のように空を飛びたい」という目標のために、鳥のしなやかな羽ばたきのメカニズムを調べるのか、羽ばたきの代わりにジェットエンジンを積んだジェット機を作って空を飛ぶのかという違いに似ています。もちろん、前者が認知科学的アプローチで、後者が人工知能的アプローチに対応します。(4~5頁)

■特に驚かされたことは、自分の思考を極めて客観的に捉える能力と、それを包み隠さず理路整然と説明する能力の高さです。自分の思考を客観的に捉える能力を「自己説明能力」と呼びますが、この能力の高さが羽生さんのずば抜けた将棋の強さに関係しているように思えます。(11頁)

■それは例えば、非常に難しくてどう指せばいいのかわからないような場面にちょくめんしたちき、何時間も考え続けることができる力。そして、その努力を何年もの間、続けていくことができる力です。

一言でいえば、継続できる力ということでしょうか。プロになる上では、先天的な頭脳のさえというようなこととりも、その『継続力」が大事な要素になってくると思います。(39頁)

■この自分を見つめる視点のことを認知科学の用語では「メタ認知」と呼んでいますが、学習において、このメタ認知能力を持つことが重要な意味を持っていることがわかってきています。自分の行動や学習内容を一段高いレベルから眺めることができなければ、自分の悪いところ良いところはわかりませんし、それを改善して最適の学習法を見つけることはできません。

羽生さんの言葉を見ると、非常に冷静に自分の行動を眺め、そして的確な言葉で説明する能力を持っていることがお分かりいただけると思います。自分の行動や思考を自分の言葉で説明することを「自己説明」と呼び、この説明能力を磨くことで、効果的な学習ができるようになるという研究が、近年認知科学の分野で行われています。

羽生さんの卓越した将棋の能力とこの自己説明能力は決して無縁ではないと私は思っています。(40~41頁)

■しかし、羽生さんの思考の様子を見ていると、自分で新しい課題を見つけ、貪欲に「考える」ことを厭わない姿勢が伝わってきます。「考え続けること」は「新しい課題を見つけ続けること」でもあるのです。

新しい課題を見つける能力を、認知科学の分野では、「問題発見能力」と呼びます。――(中略)――

どの分野でも同じことだと思いますが、その世界で成功を収めている人は、その分野のことが好きで、その分野について掘り下げて考えて、その分野で何かを達成するために、「自分でテーマを見つけ、考え続けることが出来る人」だと思います。(48~49頁)

■私は、パソコンの画面でマウスをクリックしてうごかすのと、実際の盤上で駒を動かすのとでは、蓄積される記憶の質が違うように感じています。その理由は、一つにはパソコンの画面で動かすとどうしても早く手を進めていってしまうので、結果的に長く覚えていられないという点にあると思います。

――(中略)――

どれが本当に正しい方向性なのか、この棋士がこの展開を選んだ理由は何なのか、これ以外にも新たな手の可能性があるのではないか……自分で駒を動かして、時折ちょっと止まって考えてみたりしながら、そんなことをあれこれと模索していきます。そしてその思考の過程が、重層的に記憶されていくわけです。(57~58頁)

■我々多くのアマチュアは、ルール上指せるたくさんの手の中から、最も良くなるだろう手を必死に探して次の一手を決めていますが、羽生さんの目には、ルール上指せる手の中で評価に値する手というのは、ほんの数手しかないように映っているようです。さらに、羽生さんの将棋観では、将棋というゲームはマイナスの手ばかりであり、局面が進むにつれて、マイナスにならない手がなくなっていくゲームと捉えているようです。(114頁)

■羽生さんのようなトッププロ棋士は、将棋に関する膨大な経験的知識を持っていて、それを「使える知識」として蓄えているのです。

「使える知識」というところが肝心で、単に記憶しているのとは意味が違います。図9のような局面に関しても、たくさんの実戦例を単に覚えているだけでは駄目で、どのように指したらどういう将棋になって、どちらが有利になるのか、というところまで整理されていることが必要です。これは勉強や学習でも同じことで、例えば、数学の公式を丸暗記しても、その公式の持つ意味を理解して使った経験がないと、応用問題が解けないのと同じような意味です。意味を理解し、その上でたくさんの経験を積むことで、見た瞬間にどうしたら良いかという見通しが立って、無駄な探索をせずとも解答にたどり着けるようになるのです。これがプロ棋士の持つ「直観」であると言えます。(120頁)

■このような情報のまとまりの単位を認知科学の分野では、「チャンク」と呼んでいて、集約化して記憶する認知メカニズムであると考えられています。

私たちの実験から、将棋のプレーヤーは、棋力がアップするにつれて、徐々にチャンクのサイズが大きくなり、ひとつの局面をひとつの絵のように捉えられるようになることがわかってきました。(128頁)

■また、それだけでなく、羽生さんクラスのトッププレーヤーでは、チャンクは時間軸にも広がっていることがわかってきました。その局面がどのような手順でそこに至ったのか、さらにこの後、どういう展開になるのかといったぜんごかんけいまでも同時に想起されるようになるのです。このように、チャンクが空間的に時間的に広がることで、ひとつの局面から非常に多くの情報を同時に処理することが可能になり、先読みをしなくても、次の一手が自然と想起されるようになるのだと考えられます。(129頁)

■羽生さんのような達人たちが、我々素人が想像も出来ないほどの速さで正確な手を指せるのは、この「順算」の能力が大きく関わっていると考えられるのです。そしてこの「順算」を支えているのが、「時間的チャンク」であり、これが「大局観」の正体ではないかと考えています。(132頁)

■本章の最後で羽生さんは、「言語化の重要性」について言及していますが、思考の言語化が学習に非常に有効であることは、近年の認知科学でも注目されていることです。自分の考えを言語化するという作業は、自分を客観的にモニターして、考えをまとめ、理解したことに対して言語というラベルを貼るということを意味します。その結果、ラベル付けしたその事柄に改めて気づかされ、さらに理解が進むのです。この作業を繰り返すことで、知識が精緻化し、定着していくのです。(186頁)

2009年5月26日

-『仏陀』増谷文雄 著 角川選書ー18

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